第328話 時は金なり Time is money.
文字数 2,714文字
この世界は昼と夜の時間が等しくなる春分が新年にあたる。
ここ数年春分と秋分に様々な方法で時間の計測を試みてきていた。
「どうだった?」
「はい。うまく再現できたみたいです」
魔法科学大臣配下の文官は満面の笑みを向けてそうこたえてきた。
ここは館のそばに建てられた研究棟の一室である。
魔法科学省と教育省の共同研究で行われていたのは正確な時間を計る装置の開発だ。
この世界では一日を二十時間としているわけだが、それは単純に手の指が十本だから単純に日の出から南中までを五時間、南中から日没までを五時間と数えることにしたにすぎない。
この世界でも有史以来日時計が利用されていたようだ。
しかし、日時計は晴れた日中にしか利用できないという欠点がある。
この日時計の欠点を解消するために作られたのが水時計なのは前世の歴史と変わりない。
けれど、水時計にも大きな欠点があって、それは水が凍るということだ。
王国の北西部で山奥にあるサイオウ領では冬場に水時計が利用できなくなる。
サイオウから南に下ったオウチ領でも厳冬期には凍ることが確認されているので、別の時計が必要になる。
そこで考え出されたのが火時計だ。
なにかを燃やして燃焼した分で測るものだけどこれにも欠点はある。
蝋燭やランプの油は消える心配や火事の危険があることだ。
燃料の品質や気象条件によって精度が変わるのも問題である。
この火時計は転生者によって改良が試みられたらしく、王国では一般的に線香時計が普及している。
もっとも、庶民は大雑把に朝昼夕方と夜さえ判ればそれでいい。
厳密な時間管理が必要なのは一日にいくつもの予定が詰まった王侯貴族や彼らと取引をする商人くらいなもの。
僕も下剋上で領主となったので、人と会う約束などがずいぶん増え、時間管理がシビアになってきたというのがある。
そこでチカマックに正確で判りやすい時計の開発を指示した。
チカマックはまず、自分の前世(彼は僕とは違う世界を前世にもつ)で利用されていた魔法式の時計を開発しようとしたのだけれど、この世界では再現できないことが判ったためこれを断念して、機械式の時計の開発に舵を切った。
残念ながら時計の仕組みについての知識は僕にはなかったのだけど、大正生まれの前世を持つジョーが振り子時計の仕組みを知っていたので、彼の知識に頼ることにした。
仕組みが判れば技術者が再現に成功するのはそれこそ時間の問題である。
完成した試作品は正確な時間を刻むための調整を何度も繰り返し、去年の秋分に日の出から日の入りまでをきっかり十時間で刻むことに成功した。
そして今年、試作二号機を初号機と同時に春分に稼働させてきっかり十時間で刻むことに成功したというのが昨日の出来事である。
「まあ、正確に十時間測ることに成功したのですけど……」
「どうした?」
「半時間や四半時間、八半時間という目盛りはどうも判りにくいと思いまして」
ようやくそう思えるようになったんだね。
今までは大雑把な時間感覚だったので、一時間という基準値が判ればそれでよく、その半分だから半時間、さらに半分で四半時間、最小単位で八半時間くらいに分ければ事足りていた。
日本でも、江戸時代は十二支を使って一日を子 丑 寅 から亥 まで十二等分し(一刻=約二時間)さらに刻を半分刻みに四つ半とか九つ半と呼び、その半分を四 半 刻 と表現する程度で過ごしている。
この世界での半時間四半時間と発想はおんなじだ。
余談だけど、なぜ刻の数え方は九から始まって四までなのか? 一説によれば中国の陰陽思想からくる縁起担ぎらしい。
ついでに草木も眠る丑三つ時とは丑の刻の三つ目の四半刻のことだし、時そばで男が代金をちょろまかしたのは子の刻 (九 つ刻 )で真似した与太郎が余計に支払う羽目になったのは二時間早い亥の刻 (四 つ刻 )だったからだけれど、当時は日の出と日の入りで昼夜それぞれ六等分していたので一刻きっかり二時間刻みというわけでもない不定時法だった。
閑話休題。
事程左様に近代に入るまでの文明の時間感覚は大雑把でもよかったのだけれど、近代化に伴ってより正確な時間の確認が必要になっていく。
では、なぜ僕がこの前近代的文明下にあるこの世界において時計にこだわるかといえば、最大の理由は戦争のためである。
我が軍は急速に近代化しつつある。
兵装が近代化するに伴って作戦も近代化していくことになるわけで、時間の管理は作戦遂行にあたって非常に重要な要素となっていくだろう。
というわけで現在まずは正確に時を刻む時計を開発中ということだ。
「時間をさらに細かく分ける必要性は大いにあるが、いくつに刻むかは検討の余地があるな」
「判りやすく、計算しやすいのがよろしいでしょうな。教える側としては是非とも簡便な単位でお願いしたい」
と、教育省からきた文官が言う。
たしかに。
今までの慣習に従えば四等分八等分と細かく刻むのがいいだろう。
けど、そうすると三十二、六十四と言った具合に端数が出る。
単に一時間を分けるだけならそれでも構わないが、二時間、三時間は何分か? 一時間半は何分になる? それくらいならまぁなんとかなるだろうけど、七十二分は何時間何分なんて計算で若干の不都合が生まれるだろう。
やはりここはキリよく○十分と言う割り方が妥当だろうな。
「では、何分にするかは教育省で決めるがよい」
「ふん? 分けるで分ですか。なるほどいい単位だ。早速持ち帰って近日中に一時間を何分にするか決めて参ります」
と、頭を下げると一目散に部屋を出ていった。
教育省の職員は大臣アンミリーヤ以下、あの手の人間ばかりなのだろうか?
職務に忠実というかモーレツ型というかなんというか……。
「ワタシはこの後どうしましょうか?」
取り残された魔法科学省の文官がおずおずと聞いてくる。
「そうだな……まずは時計の量産を始めるように手配してくれ。いや、これを大型化して中央広場に時計塔を建てられないだろうか?」
一応、町には時を知らせる鐘をつく役職があるが、農村集落には存在しない。
彼らに配慮して町より先に村に時計塔を作ると色々面倒ごとになりそうだからやはり一斉に建設するべきだろう。
鐘つきを生業 にしているものには引き続き時計塔を管理させれば不満も最小限に抑えられるに違いない。
「時計塔ですか。いいですね。同時に時計の量産計画も進めましょう。商人にも出資させれば案外早く普及するでしょう」
「そうだな、同時に進めて不都合があるわけではなし、予算の許す限り任せる」
「あー、予算ですかぁ。折衝は大臣に丸投げしましょう」
チカマック、ガンバ!
ここ数年春分と秋分に様々な方法で時間の計測を試みてきていた。
「どうだった?」
「はい。うまく再現できたみたいです」
魔法科学大臣配下の文官は満面の笑みを向けてそうこたえてきた。
ここは館のそばに建てられた研究棟の一室である。
魔法科学省と教育省の共同研究で行われていたのは正確な時間を計る装置の開発だ。
この世界では一日を二十時間としているわけだが、それは単純に手の指が十本だから単純に日の出から南中までを五時間、南中から日没までを五時間と数えることにしたにすぎない。
この世界でも有史以来日時計が利用されていたようだ。
しかし、日時計は晴れた日中にしか利用できないという欠点がある。
この日時計の欠点を解消するために作られたのが水時計なのは前世の歴史と変わりない。
けれど、水時計にも大きな欠点があって、それは水が凍るということだ。
王国の北西部で山奥にあるサイオウ領では冬場に水時計が利用できなくなる。
サイオウから南に下ったオウチ領でも厳冬期には凍ることが確認されているので、別の時計が必要になる。
そこで考え出されたのが火時計だ。
なにかを燃やして燃焼した分で測るものだけどこれにも欠点はある。
蝋燭やランプの油は消える心配や火事の危険があることだ。
燃料の品質や気象条件によって精度が変わるのも問題である。
この火時計は転生者によって改良が試みられたらしく、王国では一般的に線香時計が普及している。
もっとも、庶民は大雑把に朝昼夕方と夜さえ判ればそれでいい。
厳密な時間管理が必要なのは一日にいくつもの予定が詰まった王侯貴族や彼らと取引をする商人くらいなもの。
僕も下剋上で領主となったので、人と会う約束などがずいぶん増え、時間管理がシビアになってきたというのがある。
そこでチカマックに正確で判りやすい時計の開発を指示した。
チカマックはまず、自分の前世(彼は僕とは違う世界を前世にもつ)で利用されていた魔法式の時計を開発しようとしたのだけれど、この世界では再現できないことが判ったためこれを断念して、機械式の時計の開発に舵を切った。
残念ながら時計の仕組みについての知識は僕にはなかったのだけど、大正生まれの前世を持つジョーが振り子時計の仕組みを知っていたので、彼の知識に頼ることにした。
仕組みが判れば技術者が再現に成功するのはそれこそ時間の問題である。
完成した試作品は正確な時間を刻むための調整を何度も繰り返し、去年の秋分に日の出から日の入りまでをきっかり十時間で刻むことに成功した。
そして今年、試作二号機を初号機と同時に春分に稼働させてきっかり十時間で刻むことに成功したというのが昨日の出来事である。
「まあ、正確に十時間測ることに成功したのですけど……」
「どうした?」
「半時間や四半時間、八半時間という目盛りはどうも判りにくいと思いまして」
ようやくそう思えるようになったんだね。
今までは大雑把な時間感覚だったので、一時間という基準値が判ればそれでよく、その半分だから半時間、さらに半分で四半時間、最小単位で八半時間くらいに分ければ事足りていた。
日本でも、江戸時代は十二支を使って一日を
この世界での半時間四半時間と発想はおんなじだ。
余談だけど、なぜ刻の数え方は九から始まって四までなのか? 一説によれば中国の陰陽思想からくる縁起担ぎらしい。
ついでに草木も眠る丑三つ時とは丑の刻の三つ目の四半刻のことだし、時そばで男が代金をちょろまかしたのは子の
閑話休題。
事程左様に近代に入るまでの文明の時間感覚は大雑把でもよかったのだけれど、近代化に伴ってより正確な時間の確認が必要になっていく。
では、なぜ僕がこの前近代的文明下にあるこの世界において時計にこだわるかといえば、最大の理由は戦争のためである。
我が軍は急速に近代化しつつある。
兵装が近代化するに伴って作戦も近代化していくことになるわけで、時間の管理は作戦遂行にあたって非常に重要な要素となっていくだろう。
というわけで現在まずは正確に時を刻む時計を開発中ということだ。
「時間をさらに細かく分ける必要性は大いにあるが、いくつに刻むかは検討の余地があるな」
「判りやすく、計算しやすいのがよろしいでしょうな。教える側としては是非とも簡便な単位でお願いしたい」
と、教育省からきた文官が言う。
たしかに。
今までの慣習に従えば四等分八等分と細かく刻むのがいいだろう。
けど、そうすると三十二、六十四と言った具合に端数が出る。
単に一時間を分けるだけならそれでも構わないが、二時間、三時間は何分か? 一時間半は何分になる? それくらいならまぁなんとかなるだろうけど、七十二分は何時間何分なんて計算で若干の不都合が生まれるだろう。
やはりここはキリよく○十分と言う割り方が妥当だろうな。
「では、何分にするかは教育省で決めるがよい」
「ふん? 分けるで分ですか。なるほどいい単位だ。早速持ち帰って近日中に一時間を何分にするか決めて参ります」
と、頭を下げると一目散に部屋を出ていった。
教育省の職員は大臣アンミリーヤ以下、あの手の人間ばかりなのだろうか?
職務に忠実というかモーレツ型というかなんというか……。
「ワタシはこの後どうしましょうか?」
取り残された魔法科学省の文官がおずおずと聞いてくる。
「そうだな……まずは時計の量産を始めるように手配してくれ。いや、これを大型化して中央広場に時計塔を建てられないだろうか?」
一応、町には時を知らせる鐘をつく役職があるが、農村集落には存在しない。
彼らに配慮して町より先に村に時計塔を作ると色々面倒ごとになりそうだからやはり一斉に建設するべきだろう。
鐘つきを
「時計塔ですか。いいですね。同時に時計の量産計画も進めましょう。商人にも出資させれば案外早く普及するでしょう」
「そうだな、同時に進めて不都合があるわけではなし、予算の許す限り任せる」
「あー、予算ですかぁ。折衝は大臣に丸投げしましょう」
チカマック、ガンバ!