第290話 集結
文字数 2,690文字
移民団を予定通り目的の村に送り届けた僕たちは、護衛についていた電撃隊に立ち寄った村々から徴兵した歩兵を率いて八日目、砦の手前の村にいた。
村にはすでに経由していない隣町からの召集兵がルビンスに率いられて到着していた。
この間、領内のあらゆるところから飛行手紙が届き、必要に応じて返信を送っている。
「足りますか?」
と、ルビンスが訊ねてきたのは飛行手紙のことだろう。
町からあるだけの皮紙を持ってきてくれたようでドサリと円卓に乗せる。
「正直、足りないな。今後今回のようなやり取りを重ねるのであれば皮紙では需要に供給が追いつかなくなるだろう」
かといって植物紙では雨に濡れると墜落することが実験から判明している。
「チカマックとラバナルには代替魔道具の開発を指示しているが、今の所これと言った手段は発明できていない」
「そうですか。戦場にあれば通信兵による移動用 電話 や電信 が有効ですが、困りましたね」
「これでも他の領主と比べれば信じられないほどの情報伝達速度だからな」
「それはそうなのですが……」
「お館様」
村の外に設置した野営地の見回りから戻ってきたルダーが評定用の天幕に入ってきた。
「明日は砦に出発ですか?」
「いや、歩兵ばかりの農民兵では戦闘中の砦に入ってもそれほど役には立たなかろう。大丈夫だ、砦には援軍到着まで継戦できるだけの食糧と武器弾薬は備蓄してある。焦って戦力を逐次投入するような愚は冒せない。戦力が集結するまでは我慢だよ」
よもや砦が抜かれることはないと思っているけれど、万が一がないとも限らない。
ハングリー区の動員兵力は二百五十人。
これは人口比二十五パーセントという通常時の数字だ。
ただし、国民皆兵制度を採用しているのでその気になれば領民全員を強制招集することもできるが今回は人口比で三十五パーセント招集と指示を出している。
この辺りが外征に際しての最大動員だろう。
僕は今回の戦で本気でアシックサル領を切り取れるだけ切り取るつもりだ。
最初に到着したのは忍者軍団だった。
彼らの移動速度は一体どうなっているのやら。
配下の忍者部隊は二系統。
オギン・エンを頭領とした部隊とトーハ・マウンタースを頭領とした部隊だ。
今回はトーハ組が集合している。
オギン組は頭領のオギンや副頭領格のキャラが子育て中ということもあって領内の差配に専念してもらうことにしたのだ。
オギンの配偶者であるトビー・ダ・ルゥが二人の代わりを務めている。
さて、トーハ組だ。
僕の前に姿を現したのはいわゆる組頭級の面々である。
「長旅で疲れているところすまないが諸君らにはアシックサル領とオッカメー領に潜入して情報を収集してきてもらいたい。おそらくヒョートコ男爵はアシックサル季爵に敗れているだろうから彼の地もアシックサル領とみなしてくれ。特に男爵領は占領統治下で潜入には大きな危険が伴うだろうが、諸君なら必ずや有益な情報を持ち出してくれると信じている。成功を祈る」
なお、この音声は自動的に……と続けたくなるのは僕の悪い癖 だ。
彼らは揃って頭を下げるとトーハを残して霞のように目の前から消えていく。
滞陣八日目。
ヒロガリー区およびズラカリー区の軍勢が到着し、敵戦力を凌駕したのを確認した僕はオグマリー区の部隊が到着するのを待たずに砦への進軍を開始する。
オグマリー区からはあと三日ほどかかる。
陣を敷いていた村から砦までは徒歩で三日かかることを考えると、さすがにそこまで待つわけにはいかない。
すでに開戦から十七日が経っている。
いつもなら十日目には撤退しているアシックサル軍がいまだに継戦しているというのだから今回は相当本気なのだろう。
砦は近年毎年のように攻められているので、ズラカルト男爵時代の二倍の兵力を駐屯させているとはいえ、兵の疲弊を考えれば悠長に構えてもいられない。
肉体的損耗は魔法である程度癒せるが、精神疲労はその限りではない。
気力が萎えるとパフォーマンスに影響するだけでなく、僕に対する不信感も増大するからね。
兵士はともかくそこで暮らしを支えている非戦闘員が持たない。
徒歩で三日の距離にある砦ではあるけれど、到着は二日後の予定だ。
なぜなら、今回の移動にはすべて蒸気機関アシストのホルス車を利用しているからである。
兵士や兵糧を積んだ箱車にアシスト機能があるためホルスの移動速度が維持され、徒歩の三割り増しくらい移動距離を稼げるのだ。
輸送車の恩恵は移動速度の速さだけじゃない。
大量の兵糧を積めること以上に兵員を乗せることで兵の疲労度を緩和できることがなによりも大きい。
これまでは各人鎧を着込み武器を携えて行軍中の水と食料を持って歩かなければならなかった。
どれほど訓練した屈強な兵士だって旅人が歩くような速さで行軍できるわけがなく、移動距離はせいぜい七掛けくらいで見込まなければならなかった。
それがむしろホルスの移動速度で行軍できるのだ。
まぁ、これができるのは街道を整備した領内限定なのだけど。
領内の他の砦が丘陵の上に築かれたお城然としたものであるのと違い、ハングリー区の砦はちょっとした谷を街道が通っている場所にある。
ズラカルト家はこの谷を塞ぐように大きな城壁を築き高い櫓を建てて関門とし、アシックサル軍への砦とした。
この辺りは環境が厳しくあまり植物が生い茂る土地ではないため、木立は低く森というほど鬱蒼としていないので守備隊に気づかれずに砦を迂回することは簡単ではない。
だからアシックサル季爵が僕の領内を攻略しようとするためにはどうしてもこの砦を抜かなきゃならないんだ。
でなければドゥナガール仲爵領から迂回する必要がある。
ま、そのためには仲爵軍を蹴散らす必要があるのだから、僕なら絶対選ばない戦術だ。
アシックサル季爵も選ばないに違いない。
「援軍だ。援軍が来たぞ!」
という砦の見張りの声に迎えられたのは日の沈みかけた頃。
初めてきた砦は谷間に築かれた箱型の城塞だった。
領内側の城門が壊れていて閉じられないようだが、これは報告を受けている。
ハングリー区長ルビンスはルビレルが戦死した際に破壊されたこちら側の修復を諦めて予算のすべてを前面の城壁と門を優先して補修するのに注ぎ込んでいるのだ。
「元々使える予算が乏しい上にここ一、二年はアシックサル軍が『弾ける球』を使うようになって補修が間に合わず……」
なにも言っていないのにルビンスが言い訳を始める。
「よい。どうせこたびの戦でこの砦も必要なくなるのだからな」
そうするつもりなのだから。
村にはすでに経由していない隣町からの召集兵がルビンスに率いられて到着していた。
この間、領内のあらゆるところから飛行手紙が届き、必要に応じて返信を送っている。
「足りますか?」
と、ルビンスが訊ねてきたのは飛行手紙のことだろう。
町からあるだけの皮紙を持ってきてくれたようでドサリと円卓に乗せる。
「正直、足りないな。今後今回のようなやり取りを重ねるのであれば皮紙では需要に供給が追いつかなくなるだろう」
かといって植物紙では雨に濡れると墜落することが実験から判明している。
「チカマックとラバナルには代替魔道具の開発を指示しているが、今の所これと言った手段は発明できていない」
「そうですか。戦場にあれば通信兵による
「これでも他の領主と比べれば信じられないほどの情報伝達速度だからな」
「それはそうなのですが……」
「お館様」
村の外に設置した野営地の見回りから戻ってきたルダーが評定用の天幕に入ってきた。
「明日は砦に出発ですか?」
「いや、歩兵ばかりの農民兵では戦闘中の砦に入ってもそれほど役には立たなかろう。大丈夫だ、砦には援軍到着まで継戦できるだけの食糧と武器弾薬は備蓄してある。焦って戦力を逐次投入するような愚は冒せない。戦力が集結するまでは我慢だよ」
よもや砦が抜かれることはないと思っているけれど、万が一がないとも限らない。
ハングリー区の動員兵力は二百五十人。
これは人口比二十五パーセントという通常時の数字だ。
ただし、国民皆兵制度を採用しているのでその気になれば領民全員を強制招集することもできるが今回は人口比で三十五パーセント招集と指示を出している。
この辺りが外征に際しての最大動員だろう。
僕は今回の戦で本気でアシックサル領を切り取れるだけ切り取るつもりだ。
最初に到着したのは忍者軍団だった。
彼らの移動速度は一体どうなっているのやら。
配下の忍者部隊は二系統。
オギン・エンを頭領とした部隊とトーハ・マウンタースを頭領とした部隊だ。
今回はトーハ組が集合している。
オギン組は頭領のオギンや副頭領格のキャラが子育て中ということもあって領内の差配に専念してもらうことにしたのだ。
オギンの配偶者であるトビー・ダ・ルゥが二人の代わりを務めている。
さて、トーハ組だ。
僕の前に姿を現したのはいわゆる組頭級の面々である。
「長旅で疲れているところすまないが諸君らにはアシックサル領とオッカメー領に潜入して情報を収集してきてもらいたい。おそらくヒョートコ男爵はアシックサル季爵に敗れているだろうから彼の地もアシックサル領とみなしてくれ。特に男爵領は占領統治下で潜入には大きな危険が伴うだろうが、諸君なら必ずや有益な情報を持ち出してくれると信じている。成功を祈る」
なお、この音声は自動的に……と続けたくなるのは
彼らは揃って頭を下げるとトーハを残して霞のように目の前から消えていく。
滞陣八日目。
ヒロガリー区およびズラカリー区の軍勢が到着し、敵戦力を凌駕したのを確認した僕はオグマリー区の部隊が到着するのを待たずに砦への進軍を開始する。
オグマリー区からはあと三日ほどかかる。
陣を敷いていた村から砦までは徒歩で三日かかることを考えると、さすがにそこまで待つわけにはいかない。
すでに開戦から十七日が経っている。
いつもなら十日目には撤退しているアシックサル軍がいまだに継戦しているというのだから今回は相当本気なのだろう。
砦は近年毎年のように攻められているので、ズラカルト男爵時代の二倍の兵力を駐屯させているとはいえ、兵の疲弊を考えれば悠長に構えてもいられない。
肉体的損耗は魔法である程度癒せるが、精神疲労はその限りではない。
気力が萎えるとパフォーマンスに影響するだけでなく、僕に対する不信感も増大するからね。
兵士はともかくそこで暮らしを支えている非戦闘員が持たない。
徒歩で三日の距離にある砦ではあるけれど、到着は二日後の予定だ。
なぜなら、今回の移動にはすべて蒸気機関アシストのホルス車を利用しているからである。
兵士や兵糧を積んだ箱車にアシスト機能があるためホルスの移動速度が維持され、徒歩の三割り増しくらい移動距離を稼げるのだ。
輸送車の恩恵は移動速度の速さだけじゃない。
大量の兵糧を積めること以上に兵員を乗せることで兵の疲労度を緩和できることがなによりも大きい。
これまでは各人鎧を着込み武器を携えて行軍中の水と食料を持って歩かなければならなかった。
どれほど訓練した屈強な兵士だって旅人が歩くような速さで行軍できるわけがなく、移動距離はせいぜい七掛けくらいで見込まなければならなかった。
それがむしろホルスの移動速度で行軍できるのだ。
まぁ、これができるのは街道を整備した領内限定なのだけど。
領内の他の砦が丘陵の上に築かれたお城然としたものであるのと違い、ハングリー区の砦はちょっとした谷を街道が通っている場所にある。
ズラカルト家はこの谷を塞ぐように大きな城壁を築き高い櫓を建てて関門とし、アシックサル軍への砦とした。
この辺りは環境が厳しくあまり植物が生い茂る土地ではないため、木立は低く森というほど鬱蒼としていないので守備隊に気づかれずに砦を迂回することは簡単ではない。
だからアシックサル季爵が僕の領内を攻略しようとするためにはどうしてもこの砦を抜かなきゃならないんだ。
でなければドゥナガール仲爵領から迂回する必要がある。
ま、そのためには仲爵軍を蹴散らす必要があるのだから、僕なら絶対選ばない戦術だ。
アシックサル季爵も選ばないに違いない。
「援軍だ。援軍が来たぞ!」
という砦の見張りの声に迎えられたのは日の沈みかけた頃。
初めてきた砦は谷間に築かれた箱型の城塞だった。
領内側の城門が壊れていて閉じられないようだが、これは報告を受けている。
ハングリー区長ルビンスはルビレルが戦死した際に破壊されたこちら側の修復を諦めて予算のすべてを前面の城壁と門を優先して補修するのに注ぎ込んでいるのだ。
「元々使える予算が乏しい上にここ一、二年はアシックサル軍が『弾ける球』を使うようになって補修が間に合わず……」
なにも言っていないのにルビンスが言い訳を始める。
「よい。どうせこたびの戦でこの砦も必要なくなるのだからな」
そうするつもりなのだから。