第180話 それも一つの民主主義、これも一つの女の覚悟
文字数 2,012文字
翌日は四の宿を視察。
この宿場町は他の宿場と大きく違い、グリフ族との交易拠点としての性格が強いため、旅籠より商館が立ち並んでいるのが特徴だ。
もちろん、グリフ族との直接取引は禁止されているけれども、交易品はここで各商人に卸されているので、商人の出先機関が小さな店を構えている。
「そういえばチローは大臣に任命してからずっとここにいるんだったか?」
「はい。もう随分と長いこと嫁とも会ってませんよ」
と、嫌味を言ってくる。
言い返してやるか。
「ではなぜイゼルナを連れてこなかった? この四の宿に家を建てたと言っていたのに」
「え?」
「この町で別の女でも囲っているのか?」
「い、いえ……そのようなことは……」
あー……なるほど。
(やーねー、男って)
はい、リリム。
そこで僕の方を見ながら言うのはやめなさい。
僕はまだそんなことしてませんよ。
「お前がいなければ通商交渉が一日も回らないというのであれば、それはそれで問題があるぞ。どうだ? 出産に間に合うように一度帰るというのは? ドゥナガール仲爵への外交は我が子を見てからでいいぞ」
「そ、そうですね。そうします」
歯切れが悪いな。
好きあって夫婦になったんじゃねーのか? 尻にでも敷かれてて居心地でも悪いのか?
他の宿場と違って商人街的な大きな集落とはいえ、所詮は旅の中継地点だ。
今後商人街として発展する可能性があっても、現状は街というほどの規模もないから視察といっても半日もすればぐるりと一回りできてしまう。
ハンジー町はまだまだ宿場への小旅行が庶民の楽しみにはなっていないようで、最大顧客だった商人たちが自分たちの出先機関を建ててしまった今となっては、宿の宿泊客が少し寂しいのが悩みだという。
街道警備で巡回する兵たちがいなければ廃業しなきゃいけないくらいだってんだから、ちょっとテコ入れが必要なんじゃないかな?
そういえば、村には村長、町には代官がいるけど、宿場には代表者になる存在をおいてなかった。
「宿場ならいいか……」
「なにがよいのですか?」
無意識に独り言を呟いていたのをキャラに聞き咎められた。
まぁ、ついでだ。
「宿場に代表者がいないのはよくないと思ってな。名主を置こうかと」
「それは確かに。で? 人選は?」
と、チローが聞いてくる。
「入れ札で宿場のものに決めさせてはどうかと思ったのさ」
「それで『宿場ならいいか』なのですね?」
護衛でついてきているホークが得心顔でいう。
「入れ札とは、どのようなものなのですか?」
と、訊ねてきたのはサラ。
「札に誰がよいか名を書いて箱に入れるんだ。一番名が上がったものが名主になる」
「それで入れ札ですか。でも、それがどう宿場ならいいにつながるのですか?」
「町を治めるのには領主の評判や思惑があるから誰でもいいわけじゃない」
もちろんこの世界が、少なくともリフアカ王国が封建制度だからこういう発想になるわけで、決して民主主義を否定するものじゃない。
……いや、今は僕のために否定しておこう。
「村は代々世襲という慣習があるからこちらもほぼほぼ決まっている」
「そうですね」
「宿場は僕が新しく作った集落だから世襲があるわけでもないし、その集落の利害を調整するのはその集落の人たちが考えてることかと思ってね」
「ゼニナルも商人たちが組合 の代表を入れ札で決めていたといいますし、いいんじゃないですかね」
と、チローも賛同する。
「任期はいかがするのですか?」
ホーク、そこは色々と悩みの種なんだよ。
「とりあえず、五年に一度入れ札をすることにしよう」
そんなことを話しながら視察を終え、明日の出立に備えてひとっ風呂浴びる。
風呂はいいよね。
で、サラも風呂に入って戻ってくる。
湯上がり美人ってなんでこう色っぽいんでしょうね。
「お館様?」
上気した頬ととろんとした流し目が僕に向けられる。
「ん?」
え? なに? なに?
「今日の視察中、チローとイゼルナについて話していましたよね?」
「してたね」
「その……別の女がどうこうとか」
やましいことはなにもないはずなのにゴクリと生唾を飲み込んでしまう。
「お館様もいらっしゃるのですか?」
ど真ん中に百六十キロメートルの豪速球キタ────ッ!!
「い、いないぞ。いまのとこ」
(『いまのとこ』ね)
(うるさい。今はそれどころじゃない)
「では、お出来になられましたら隠さず申してくださいませ」
「え?」
「領主として側室を持つことは当然あることと覚悟はしております。おりますが、正室の預かり知らぬところでお子など生 されましたら、お家の騒動となりますのでご忠告です。お館様は元は農民の子、お家騒動がどれほどの惨劇を生むか想像できないかもしれませんが、よくよくお心に留め置くことを願います」
「お、おぅ。肝に銘じておく」
そこは伊達に前世を歴史オタクで過ごしていない。
大丈夫。
……大丈夫。
…………。
大丈夫……と、思いたい。
この宿場町は他の宿場と大きく違い、グリフ族との交易拠点としての性格が強いため、旅籠より商館が立ち並んでいるのが特徴だ。
もちろん、グリフ族との直接取引は禁止されているけれども、交易品はここで各商人に卸されているので、商人の出先機関が小さな店を構えている。
「そういえばチローは大臣に任命してからずっとここにいるんだったか?」
「はい。もう随分と長いこと嫁とも会ってませんよ」
と、嫌味を言ってくる。
言い返してやるか。
「ではなぜイゼルナを連れてこなかった? この四の宿に家を建てたと言っていたのに」
「え?」
「この町で別の女でも囲っているのか?」
「い、いえ……そのようなことは……」
あー……なるほど。
(やーねー、男って)
はい、リリム。
そこで僕の方を見ながら言うのはやめなさい。
僕はまだそんなことしてませんよ。
「お前がいなければ通商交渉が一日も回らないというのであれば、それはそれで問題があるぞ。どうだ? 出産に間に合うように一度帰るというのは? ドゥナガール仲爵への外交は我が子を見てからでいいぞ」
「そ、そうですね。そうします」
歯切れが悪いな。
好きあって夫婦になったんじゃねーのか? 尻にでも敷かれてて居心地でも悪いのか?
他の宿場と違って商人街的な大きな集落とはいえ、所詮は旅の中継地点だ。
今後商人街として発展する可能性があっても、現状は街というほどの規模もないから視察といっても半日もすればぐるりと一回りできてしまう。
ハンジー町はまだまだ宿場への小旅行が庶民の楽しみにはなっていないようで、最大顧客だった商人たちが自分たちの出先機関を建ててしまった今となっては、宿の宿泊客が少し寂しいのが悩みだという。
街道警備で巡回する兵たちがいなければ廃業しなきゃいけないくらいだってんだから、ちょっとテコ入れが必要なんじゃないかな?
そういえば、村には村長、町には代官がいるけど、宿場には代表者になる存在をおいてなかった。
「宿場ならいいか……」
「なにがよいのですか?」
無意識に独り言を呟いていたのをキャラに聞き咎められた。
まぁ、ついでだ。
「宿場に代表者がいないのはよくないと思ってな。名主を置こうかと」
「それは確かに。で? 人選は?」
と、チローが聞いてくる。
「入れ札で宿場のものに決めさせてはどうかと思ったのさ」
「それで『宿場ならいいか』なのですね?」
護衛でついてきているホークが得心顔でいう。
「入れ札とは、どのようなものなのですか?」
と、訊ねてきたのはサラ。
「札に誰がよいか名を書いて箱に入れるんだ。一番名が上がったものが名主になる」
「それで入れ札ですか。でも、それがどう宿場ならいいにつながるのですか?」
「町を治めるのには領主の評判や思惑があるから誰でもいいわけじゃない」
もちろんこの世界が、少なくともリフアカ王国が封建制度だからこういう発想になるわけで、決して民主主義を否定するものじゃない。
……いや、今は僕のために否定しておこう。
「村は代々世襲という慣習があるからこちらもほぼほぼ決まっている」
「そうですね」
「宿場は僕が新しく作った集落だから世襲があるわけでもないし、その集落の利害を調整するのはその集落の人たちが考えてることかと思ってね」
「ゼニナルも商人たちが
と、チローも賛同する。
「任期はいかがするのですか?」
ホーク、そこは色々と悩みの種なんだよ。
「とりあえず、五年に一度入れ札をすることにしよう」
そんなことを話しながら視察を終え、明日の出立に備えてひとっ風呂浴びる。
風呂はいいよね。
で、サラも風呂に入って戻ってくる。
湯上がり美人ってなんでこう色っぽいんでしょうね。
「お館様?」
上気した頬ととろんとした流し目が僕に向けられる。
「ん?」
え? なに? なに?
「今日の視察中、チローとイゼルナについて話していましたよね?」
「してたね」
「その……別の女がどうこうとか」
やましいことはなにもないはずなのにゴクリと生唾を飲み込んでしまう。
「お館様もいらっしゃるのですか?」
ど真ん中に百六十キロメートルの豪速球キタ────ッ!!
「い、いないぞ。いまのとこ」
(『いまのとこ』ね)
(うるさい。今はそれどころじゃない)
「では、お出来になられましたら隠さず申してくださいませ」
「え?」
「領主として側室を持つことは当然あることと覚悟はしております。おりますが、正室の預かり知らぬところでお子など
「お、おぅ。肝に銘じておく」
そこは伊達に前世を歴史オタクで過ごしていない。
大丈夫。
……大丈夫。
…………。
大丈夫……と、思いたい。