第318話 人手不足と適材適所

文字数 2,602文字

 砦の出入り口は二ヶ所しかない。
 味方の出入りする裏門と敵と対峙、または敵地へと出撃するための正門だ。
 ここは元々オッカメー季爵の対アシックサル砦なので僕たちが目指しているのは裏門である。
 過去に制圧した砦もそうだったけど、裏門は正門に対して総じて防御力が弱い。
 この世界の常識みたいなものなのだろうか?
 まぁ、今はありがたく利用させてもらう。
 砦に突入したサビー隊を追うように、ガーブラ隊が門前にたどり着いている。
 ウータ隊は牽制目的なのか展開した左翼位置を堅持しているようだ。
 合流したガーブラは僕を見つけてホルスを駆ってくる。

「なにをしている、サビーを追って砦を制することを優先せよ」

「いいんですか? じゃあ、遠慮なく」

 舌舐めずりをしたかと思えば、戦場の喧騒も吹き飛ばすような大音声で突撃を命じたかと思うと先頭切って開かれた門の中へと突き入った。

「通信兵。ウータに牽制はもういいから城内に突入せよと連絡だ。早くしないと手柄をすっかり二人に取られるぞと念を押すことを忘れるな」

 それくらいハッパをかけないと一歩引いてしまう癖がある。
 ただでさえ女性ということで苦労しているだろうに、ここで手柄がなければなにを言われるか判らないことくらい理解できているだろうに。

(な?)

(なにが「な?」なのよ。全然判んないわよ)

 だよねー。
 ウータ隊が突入し、本隊も突入した城内はすでに敵軍の撤退戦の様相だった。
 僕は櫓に登って戦況を確認する。
 うわー、サビーもガーブラも指揮そっちのけで正門に向かっているぞ。
 ありゃあ、能力向上(ドーピング)改使ってんな。
 将があれじゃあ兵が組織的に動かないじゃないか。

「通信兵。ウータに連絡を取ってサビー隊、ガーブラ隊を指揮下に置くように伝えろ。サビー隊をまとめ上げたら左手に展開、ガーブラ隊は右手に展開させて敵兵の投降を促せ。ウータ隊はそのままサビー、ガーブラを追って正門へ向かえ」

 戦術面では凡庸ながら統率力と運用には一目置ける彼女に任せたことで、組の単位にまでばらけていた両隊が徐々にまとまっていく。
 軍は組織的に動かなければ、それはただの個々の暴力だ。
 五人一組が十組一隊に集まりそれらが二、三隊ずつの組織的行動に移る。
 それは、バラバラに向かってくる敵兵に対して己の武力で死地を切り開こうとしていた敵の戦意を挫いていく。
 一人一人が弱くとも組織的、戦術的に行動することで強敵を抑え込む。
 これが「戦は兵力」の正体だ。
 もっとも、それさえも意に介さない理不尽な暴力というのは存在するんだけどな。
 今まさに最前線で風神雷神の如く敵を蹴散らして戦っているサビーとガーブラがそうだ。
 それにしても……敵本陣に届かんなぁ。
 これだけ攻められても組織だった陣を崩さず正門の外へ逃げ出したのが敵大将グンソックなんだろう。
 最大限の戦力を温存したままきっちり逃げ切りやがった。
 チッ、仕方ない。

「戦闘の終了を告げよ、敵将は砦を逃げ出したわ」



「──投降兵二百十五、捕虜三名、味方の戦死者数五十四」

 戦死者の内訳としてウータ隊からは三名だというのだからやはり一時的な指揮官不在が戦死者を多くしたと見ていいだろう。

「さて……」

 ウータからの報告を聞き終わり、対面しているサビーとガーブラを改めて見据える。

「勝敗が決してからの味方戦死者が多いことについてサビー、ガーブラ。釈明を訊こうか」

 サビーは目を閉じ、ガーブラは頭をかきながら下を向く。

「オレが先陣を切らねば兵を鼓舞できません」

「あー……ワシはその、指揮を取るより最前線で槍を振るっているのが性に合っているというか、なんというか……」

「それは判っている。私も二人の槍働きには期待しているし感謝もしている。しかし、指揮官としての役割も期待して一軍を任せていることはどう思っているのか?」

「どうもその指揮ってのはよく判らなくて……」

 ガーブラに至っては一度僕の元へ来て指示を仰いだじゃないか。
 「サビーを追って砦を制することを優先せよ」って命じだろ?
 いや、なにか?
 あの時「いいんですか? じゃあ、遠慮なく」って言ったのは遠慮なく好き勝手暴れてくるってことだったのか?
 僕の命令の仕方が悪かったの!?

「オレより適任者がいるのではないですか?」

 いや、それはその通りなんだけど……なんだけどさ、人材不足なんだよ。
 適材適所ってことで言えば、サビーもガーブラも指揮官より最前線で槍を振り回してくれてる方がずっと活躍できると僕も思う。
 前世でも突出して営業成績がよかった男が出世して部下の面倒を見るようになった途端部下も含めて成績がガタ落ちになったのを見たことがある。
 スポーツの世界でも優秀な選手が優秀な指導者とは限らないと言われていた。
 つまりプレイヤー、マネージャー、ディレクター、コマンダーなど役割が違えば必要な能力が違うってことだ。
 日本じゃ、優秀なセールスマンを昇進と称してマネージャーにするのが報酬だと勘違いしている企業が多かった。
 その結果能力のないマネージャーに振り回されて何度ほとんど不可能な事業(プロジェクト)を押し付けられたか知れない。
 結果、最後は責任取らされて会社クビになったしそれが原因で離婚してこの世界に……。
 いや、前世の愚痴はこの際どうでもいい。
 そうだな、確かに一度適正試験的なものでも作って士官候補生を選抜しなきゃダメかも知れない。
 けど、それは今じゃない。

「確かにサビーに指揮官は役が重いのかも知れないが、任命された以上はまっとうして欲しいものだな」

「むぅ。善処します」

「ガーブラも頼むぞ」

「は、はぁ。頑張ります」

「さて、ウータ。投降兵は従前の対応でいいとして、捕虜の処遇だが」

「はい。慣例であれば捕虜にしたという旨、敵軍に報せを送るのが慣わしとなっております」

 ここら辺が中世的と思っちゃうところよね。
 まぁ、捕虜にしたということは曲がりなりにも貴族ということで、貴族に対してはそれなりの待遇をもって接しなければならないわけだ。

「任せていいか?」

「お任せください」

 よし、一任しよう。

「サビー、ガーブラ」

 二人が短く返事をするのを待つ。

「イラードが来るまでにウータ、チャールズと協力して砦の戦後処理を終わらせるように。イラード隊が到着次第アシックサル領に進発する」

 名前を呼ばれた四人は揃って敬礼を返してきた。
 頼むよ、ほんとに。
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