第95話 僕の代わりはいませんか?

文字数 2,902文字

 裏の畑の秋蒔きフレイラの収穫と春の種蒔きが終わる頃には村の人口が百七十人を超えてしまった。
 その間、どころかそろそろ夏というこの時期まで僕は内政に忙殺されて村から出られなかった。
 目下喫緊(きっきん)の課題は僕の代わりに町の行政を担える人材探しだ。
 本来内政を補助していたイラードは隣村に出向中で、イラードに代わる人材がいなかったというのが痛い。
 いや、まったくいないわけじゃない。
 むしろ最適な人材がいたにはいたんだけど、とても重大な点で任すことができないのが問題だった。
 ルビレルかルビンスに任せられるんならどんだけ楽になるか……。
 しかし、この案に強硬に反対する勢力がいて二人に打診することもできないでいる。
 はい、反お館派の面々です。
 彼ら曰く

『寝返ったばかりの奴に町を任せられるか』

 感情的な発言だけど、ごもっともと言わざるを得ない。
 まぁ、おんなじ意味で彼らに任せる気にもならないんだけどね。
 ギランなんかに任そうもんなら、正に獅子(しし)(しん)(ちゅう)の虫ってやつだ。
 大人の事情で反お館派をひとまとめにしただけとはいえ、一つの部隊を任せているのだってどうかと言われているくらいなのに。
 反お館派は味方の戦死者九人中七人と戦死者を多く出したことで、勢力自体は小さくなったんだけどそのせいでより強硬な態度を取り、対立を深めている。
 戦死者遺族には褒賞と税制優遇措置を施しているんだけどなぁ。
 そうそう、オルバックJr(ジュニア).はつい先日、多額の身代金と引き換えに国元へお引き取り願う算段がついたところだ。
 十日もすれば身代金が到着する予定なのでようやく厄介払いができる。
 身代金のほかにルビレルの奥方も要求したのだけれど、こちらは断られた。
 ルビレルは武人の習いと言っているけれど、寂しそうだ。

 話がそれた。

 人口の話。
 先の戦で捕虜にした三十四人中まだ人質として残っているジュニアと僕の臣下となってくれたルビレルの他にこの街に残ることになったのが二十六人。
 随分見限られたものですなぁ、ズラカルト軍は。
 ぶっちゃけ帰って行ったのは傭兵だけだからね。
 彼らは僕の麾下(きか)に配属されることになった。
 正規の戦士団の誕生だ。
 もっとも、貴重な純戦力を近衛にするつもりはなくて、申し訳ないけど前線に出てもらうつもりだ。
 で、我が町が増えすぎた人口を宿場町へ移民させるようになったのは宇宙世紀……ではなく、春の農作業が一段落(いちだんらく)ついた頃。
 希望家族を募り三家族十五人を第一宿場町へ送り出したのが十日ほど前。
 現地で建設にあたっていた男が一人愛着が生まれたとかで家族を呼んだので、宿場町には四家族十七人が暮らすことになった。
 建物は建設作業員が寝泊りしていた簡易の小屋が四軒と宿屋が二つ、宿屋は一軒あたり最大二十人泊まれるものという発注だったけど、ちゃんと条件に見合ったものになっているのだろうか?

 同時に元傭兵組と戦士団を屯田兵的に街道整備に派遣する。
 道幅を拡幅して整地、行き来をより快適にできるようにするためだ。
 街道整備には労役として隣村の人手を駆り出す。
 ()(よう)調(ちょう)の庸である。
 隣村を支配下に置く際に取り決めた徴税法を利用する取り組みだ。
 人数を決めて一ヶ月(二十五日)労働奉仕させる()(えき)を早速利用したわけだ。
 隣村の人口は約三十人、女子供も分け隔てなく賦役に就くことで、この秋の年貢を当初の七割徴収から五割五分に減らせる。
 しかも飯付き宿付きと至れり尽くせりに見えるんで、実際にはズラカルト家同等の徴税率なのに得した気分になるという仕組み。
 ま、実際一月分飯代が浮くんだから、村人にとっては冬の備蓄に余裕が出て生活が楽になると思うんだ。
 本当は畑仕事がなくなる冬場に駆り出したいところなんだけど、今年はそうはいかなくて今時期になっている。
 労働奉仕させなきゃ年貢に七割取り上げることになっちゃうからね。
 さすがにそこまで鬼じゃない。

 もちろん、町の住人にも賦役はある。
 こっちは村からの復興に駆り出されていた去年までと特に違いはなく、シームレスに移行できた。

 推進している貨幣経済が浸透してきたのでお金での徴税や物納も視野に入ってきた。
 もっともいくら納めさせればいいかが判断つかないんで、今年は無理かな。
 相変わらず流入人口の増加に町の住宅供給が追いつかなくて、新規に流入してきた人たちには集合住宅を建てるまでの間、街道整備の労役に出てもらっている。
 腹の中ではどう思っているか判らないけど、表面上は納得して従ってくれていた。
 副次的効果で街道整備は計画を上回る進捗状況だ。
 しかし、町の規模からいってキャパオーバーなんだよね、すでに。
 イラードにはできるだけ早く村に移民できるようにしろと催促しているんだけど、簡単じゃないよねー。

 僕はルビレル親子と地図を広げて腕を組む。
 正確なものじゃないけどね。
 ズラカルト男爵領オグマリー区十三ヶ村の大まかな配置を記したものだ。

「せめて来年までにもう二箇所、村を支配下に収めたい」

 というのが、僕の思惑だ。
 それでどこがいいのか相談をしているというわけだ。

奥の(となり)村の先に第五中の村がありますので、ここを抑えるのは確定として、その先どこから攻めましょうか?」

 ルビレルが地図を指差しながらいう。
 奥の村だの第五中の村だのちゃんとした名付けはされてないのかよ。
 第五中の村ってのも正式な名前じゃなくて、代官であるオルバック家が便宜上そう呼んでいたってんだから、なんだかなぁ……だよ。
 十三ヶ村を先の村六ヶ村、中の村五ヶ村と奥の村、そして僕の生まれ故郷は果ての村って呼んでたってんだから泣けてくる。

「僕自身が視察に行きたいんだけどねぇ……」

 町を長い間留守にするには留守居役が必要で、その留守居役、つまり僕の代行者が務まる人がいないのがネックなんだよなぁ……。

「ルビレル、この町の代官やってくんない?」

「ワシには務まりませんよ」

 実務能力的には絶対務まるよね。
 むしろ僕より務まる気がするんだ。
 やっぱり懸念は新参で騎士ってことかなぁ。
 諸々反発は予想されるよ、確かに。

「けど、ルビレル以上の適任者はいないと思うんだ」

 実際、日が浅いにも関わらず町人の受けはいい。
 むしろ息子のルビンスより馴染んでいる。
 亀の甲より年の功ってやつかもしれない。

「いやいや……」

「じゃあ、お飾りで誰かを代官に任命するから、そいつの補佐ってことで」

「補佐……ですか?」

 お!?
 口から出まかせ、(ひょう)(たん)から(こま)だな。
 もっとも、この世界にひょうたんがあるかどうかは知らないけどね。
 もう一押しだ。
 担ぐのにちょうど良さげな軽い神輿を選べれば、なんとかなりそうだぞ。
 パッと思いつくのはサビーとかガーブラ?
 政治向きの仕事させてなかったからルビンスを補佐に据えたら、実質的な傀儡だってすぐバレちゃうか。
 オギンもザイーダも僕が手足として使いたいからダメだ。
 カーゲはジョーの執事だからちょっと立場的にどうかな?
 あ! いた。
 ロットさん!
 野盗と戦った頃からの古参で妻子持ち、商才もあるようで町でそれなり名が知られてる。
 あの人にしよう!
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