第303話 終日の攻防 1
文字数 2,369文字
日の昇る前に大砲を曳いて下町の大通りを粛々と行軍する。
住民は恐る恐る窓の隙間から顔を覗かせて僕らの様子をうかがっているようだ。
内門までの道すがら散発的に戦闘の音を聞いたが、これといって危険を感じることはなかった。
ウータがきっちり仕事をしているからだろう。
内壁前に辿り着くと、城壁の上には不寝番に立っていただろう兵士たちが慌ただしく動いているのが見られた。
「弓兵」
僕が言うと、サビーがよく通る野太い声で下知を下す。
「一番弓隊、矢を番え。構え。射て」
朝早いのに仕上がった声出してるな。
「二番弓隊、矢を番え。構え。射て」
「三番弓隊、矢を番え。構え。射て」
「一番弓隊、矢を番え。構え。射て」
一定の間隔で放たれる矢の援護を受けて、大砲の準備が粛々と行われる。
「お館様、準備完了です」
「よし。目標城門。水平射。撃て!」
五台の大砲が一斉に火を吹く。
実際には魔道具なので火薬の火は吹かないわけだけど。
少し遅れて五つの爆裂音が響く。
もう一つの門へも砲撃が行われた音が聞こえてくる。
粉塵に霞む正面を睨んでいるとやがて霞が晴れていく。
「城門の破壊を確認」
チャールズからの報告に頷き
「騎兵、弓騎兵隊、突撃!」
と、朝イチで少し裏返ってしまった声で命令を下すと、僕の隣にいたはずのサビーが先陣切って城門に向かって駆けていた。
「チャールズ」
「はい」
「ウータに移動電話で城門前に来るように伝えろ」
了解を伝えると車椅子に備え付けられている移動電話に魔力を通して連絡を取る。
「歩兵、抜刀の上突撃! 銃兵は援護射撃!」
昨日作戦を決めた後、内門の中も貴族街とはいえ街中だよなと思い直して長柄の槍では取り回しが難しいだろうと考えた。
もともと兵士たちには槍の他に剣を支給している。
槍と違って間合いが近く取り回しに技術が必要な剣ではあるけれど、調練には剣術も取り入れられているから決して不慣れなものがいるとは思わない。
「お館様、お呼びにより参上いたしました」
歩兵が内門の中に吸い込まれていく頃合いでウータが戻ってきた。
割と近場を警戒していたのだろう。
「よし。弓兵と銃兵を使って城壁の上を制圧せよ」
「はっ!」
言うが早いか下知を飛ばしてホルスの拍車を掛ける。
「全銃兵突撃! 弓兵は銃兵の援護をしながら前進! 騎兵は我に続け! 歩兵は城壁制圧まで門前を死守!」
落ち着いた響きの女声だが、やはりよく通る。
「チャールズ、我々も行くぞ」
「はい」
僕は近衛の騎兵と魔法部隊を率いて門をくぐる。
門内はすでにごちゃごちゃとした乱戦を終え、我が軍が攻勢を強めていた。
この分なら今日中に居城まで攻めのぼれるかもしれない。
僕が門内に入ってきたことを伝え聞いたのだろう、サビーが最前線から戻ってきた。
すでに返り血で鎧が赤黒く染まっている。
「状況はどうだ?」
「は。さすがに本拠地、なかなか頑強に抵抗してきております」
「手強い武将がいるのか?」
「いえ、ここまではこれはという相手とは当たっていませんな」
まぁ、サビーとまともに戦えるほどの戦士となると我が軍にもパッと思いつくのは十人くらいだ。
おそらく主だった武将はほとんどが外征に出向いているだろう。
なかなかない好機だからな、一気に行かせてもらおう。
「圧せ、圧せ。居城まで一気に攻めのぼるぞ」
「では、兵の指揮はお任せいたしますぞ」
「なに?」
「ここからは、一兵卒として暴れるだけ暴れさせていただきます」
血が騒いだか。
まぁ、町中で敵味方入り乱れて戦っているとなれば、細かい指示を出すのも難しい。
ある程度部隊が固まって動き、細かい指示は隊長、組長が出すという方が戦果も上がるかもしれない。
「ではサビー、全軍の指揮は私が執ろう。イラード、ガーブラと三人一組で城までの血路を開いてこい!」
「有り難し! 日が南中するまでにアレに辿り着いて見せましょうぞ!」
言うが早いかホルスに拍車を掛けて戦場へ戻っていった。
ほんとにやりそうだな。
「銅鑼 を打ち鳴らせ、喇叭 を吹き鳴らせ。圧しだせ!」
下知に呼応して、銅鑼がジャンとなる。
銅鑼は前進、後退、停止、退却の合図だ。
一度ならせば停止、二度ならして間を置きもう一回二度鳴らすのが前進、三度ならして間を置きもう一回三度鳴らせば後退の合図、ジャンジャンと乱れ打ちに打ち鳴らされると退却することになっている。
当然、今の銅鑼は前進の合図だ。
そして、喇叭は旋律によってより細かい指示が送られる。
突撃とか、散開など曲によってどう行動するのかが決まっているわけだ。
とはいえ、戦場で長ったらしい曲を悠長に吹くわけにもいかないし、乱戦で聞こえてくる曲がどんな命令なのかを素早く聞き分けるためにはあまり細かい命令をたくさん覚えさせるのも有効じゃない。
我が軍では現在、攻撃、突撃、斉射、乱射、部隊単位に集合、散開、全軍集合、散開の八曲が乱戦時の号令として採用されている。
今回吹かせたのは部隊集合のち突撃の号令だ。
突撃喇叭が吹き終わる前にあちこちから声や鳴り物の大きな音が聞こえてくる。
隊長が自分の配下の組を呼び集めのためのものだ。
軍の最小単位は組。
常に十人一組になって行動することは徹底されているので、よほど不測の事態に陥らない限り組がバラバラになることはない。
しかし、隊ともなると五つの組の集合体となるので、例えば敵に割り込まれたり、乱戦で深追いするなどで組がはぐれてしまうこともあったりする。
もっともだいたいは割と近場にいるものだ。
改めて部隊に集合をかけ、一段となって突撃をさせるための号令だ。
さて、
「突撃!」
前進の銅鑼が再度鳴らされ、突撃喇叭が高らかに鳴り響く。
これに呼応するように鬨の声が上がり、前線が城へ向かって圧し上がっていく気配が感じられた。
住民は恐る恐る窓の隙間から顔を覗かせて僕らの様子をうかがっているようだ。
内門までの道すがら散発的に戦闘の音を聞いたが、これといって危険を感じることはなかった。
ウータがきっちり仕事をしているからだろう。
内壁前に辿り着くと、城壁の上には不寝番に立っていただろう兵士たちが慌ただしく動いているのが見られた。
「弓兵」
僕が言うと、サビーがよく通る野太い声で下知を下す。
「一番弓隊、矢を番え。構え。射て」
朝早いのに仕上がった声出してるな。
「二番弓隊、矢を番え。構え。射て」
「三番弓隊、矢を番え。構え。射て」
「一番弓隊、矢を番え。構え。射て」
一定の間隔で放たれる矢の援護を受けて、大砲の準備が粛々と行われる。
「お館様、準備完了です」
「よし。目標城門。水平射。撃て!」
五台の大砲が一斉に火を吹く。
実際には魔道具なので火薬の火は吹かないわけだけど。
少し遅れて五つの爆裂音が響く。
もう一つの門へも砲撃が行われた音が聞こえてくる。
粉塵に霞む正面を睨んでいるとやがて霞が晴れていく。
「城門の破壊を確認」
チャールズからの報告に頷き
「騎兵、弓騎兵隊、突撃!」
と、朝イチで少し裏返ってしまった声で命令を下すと、僕の隣にいたはずのサビーが先陣切って城門に向かって駆けていた。
「チャールズ」
「はい」
「ウータに移動電話で城門前に来るように伝えろ」
了解を伝えると車椅子に備え付けられている移動電話に魔力を通して連絡を取る。
「歩兵、抜刀の上突撃! 銃兵は援護射撃!」
昨日作戦を決めた後、内門の中も貴族街とはいえ街中だよなと思い直して長柄の槍では取り回しが難しいだろうと考えた。
もともと兵士たちには槍の他に剣を支給している。
槍と違って間合いが近く取り回しに技術が必要な剣ではあるけれど、調練には剣術も取り入れられているから決して不慣れなものがいるとは思わない。
「お館様、お呼びにより参上いたしました」
歩兵が内門の中に吸い込まれていく頃合いでウータが戻ってきた。
割と近場を警戒していたのだろう。
「よし。弓兵と銃兵を使って城壁の上を制圧せよ」
「はっ!」
言うが早いか下知を飛ばしてホルスの拍車を掛ける。
「全銃兵突撃! 弓兵は銃兵の援護をしながら前進! 騎兵は我に続け! 歩兵は城壁制圧まで門前を死守!」
落ち着いた響きの女声だが、やはりよく通る。
「チャールズ、我々も行くぞ」
「はい」
僕は近衛の騎兵と魔法部隊を率いて門をくぐる。
門内はすでにごちゃごちゃとした乱戦を終え、我が軍が攻勢を強めていた。
この分なら今日中に居城まで攻めのぼれるかもしれない。
僕が門内に入ってきたことを伝え聞いたのだろう、サビーが最前線から戻ってきた。
すでに返り血で鎧が赤黒く染まっている。
「状況はどうだ?」
「は。さすがに本拠地、なかなか頑強に抵抗してきております」
「手強い武将がいるのか?」
「いえ、ここまではこれはという相手とは当たっていませんな」
まぁ、サビーとまともに戦えるほどの戦士となると我が軍にもパッと思いつくのは十人くらいだ。
おそらく主だった武将はほとんどが外征に出向いているだろう。
なかなかない好機だからな、一気に行かせてもらおう。
「圧せ、圧せ。居城まで一気に攻めのぼるぞ」
「では、兵の指揮はお任せいたしますぞ」
「なに?」
「ここからは、一兵卒として暴れるだけ暴れさせていただきます」
血が騒いだか。
まぁ、町中で敵味方入り乱れて戦っているとなれば、細かい指示を出すのも難しい。
ある程度部隊が固まって動き、細かい指示は隊長、組長が出すという方が戦果も上がるかもしれない。
「ではサビー、全軍の指揮は私が執ろう。イラード、ガーブラと三人一組で城までの血路を開いてこい!」
「有り難し! 日が南中するまでにアレに辿り着いて見せましょうぞ!」
言うが早いかホルスに拍車を掛けて戦場へ戻っていった。
ほんとにやりそうだな。
「
下知に呼応して、銅鑼がジャンとなる。
銅鑼は前進、後退、停止、退却の合図だ。
一度ならせば停止、二度ならして間を置きもう一回二度鳴らすのが前進、三度ならして間を置きもう一回三度鳴らせば後退の合図、ジャンジャンと乱れ打ちに打ち鳴らされると退却することになっている。
当然、今の銅鑼は前進の合図だ。
そして、喇叭は旋律によってより細かい指示が送られる。
突撃とか、散開など曲によってどう行動するのかが決まっているわけだ。
とはいえ、戦場で長ったらしい曲を悠長に吹くわけにもいかないし、乱戦で聞こえてくる曲がどんな命令なのかを素早く聞き分けるためにはあまり細かい命令をたくさん覚えさせるのも有効じゃない。
我が軍では現在、攻撃、突撃、斉射、乱射、部隊単位に集合、散開、全軍集合、散開の八曲が乱戦時の号令として採用されている。
今回吹かせたのは部隊集合のち突撃の号令だ。
突撃喇叭が吹き終わる前にあちこちから声や鳴り物の大きな音が聞こえてくる。
隊長が自分の配下の組を呼び集めのためのものだ。
軍の最小単位は組。
常に十人一組になって行動することは徹底されているので、よほど不測の事態に陥らない限り組がバラバラになることはない。
しかし、隊ともなると五つの組の集合体となるので、例えば敵に割り込まれたり、乱戦で深追いするなどで組がはぐれてしまうこともあったりする。
もっともだいたいは割と近場にいるものだ。
改めて部隊に集合をかけ、一段となって突撃をさせるための号令だ。
さて、
「突撃!」
前進の銅鑼が再度鳴らされ、突撃喇叭が高らかに鳴り響く。
これに呼応するように鬨の声が上がり、前線が城へ向かって圧し上がっていく気配が感じられた。