第212話 年末評定 2

文字数 2,380文字

「生活魔道具の技術ならタダでくれてやって構わないんだ。それで人々の暮らしが楽になるならな。しかし、ラバナルたちが開発した魔道具の価値を小さくみているつもりもない。高く売れるというなら法外なほどの値をつけるのも戦略だ。今回はドゥナガール仲爵との同盟締結に貢献したのだから十分な価値があったのさ」

「お館様がそう値踏みしたのであれば、これ以上口を挟むことでもないのでしょう」

「そもそもすでに技術は提供され、仲爵領でも製作できたことが確認されたからこそ、新年から盟約が執行されるのです。今更口を挟まれても」

「二人ともそこまでだ。チカマック、魔法と科学関連でなにか進展はあったか?」

 チローとイラードが言い争いになるのを避ける意味も込めて議題を変更すると、

「二日前に城下町の行政館に糸電話(テレフォン)を設置いたしましたので、これで領内すべての行政館と関門が糸電話で結ばれたことになります」

 ズラカルト軍が関門に侵攻した際、急報は飛行手紙で届いた。
 ハングリー区侵攻後、関門攻防と侵攻作戦の情報精査の際、糸電話であればもっと早く連絡できたのではないかと言う指摘があった。
 確かにそうだと言うことで、全魔法部隊を動員して糸電話を各行政館に設置させた。
 その最後の設置場所である城下町に設置されたと言う報告だ。

「で、問題はないのか?」

「残念ながら大きく二つ。一つはやはり遠距離になりますと魔力感能力の高い者でなければ通話が難しいようです。感能力があると言うだけでは隣町でも怪しいようです」

 ラバナルとのホットラインを結んだ時、魔力感能力があると言う程度だったペギーでも糸電話を利用できた。
 しかし、町と町を繋ぐとなるとペギーでは厳しいそうだ。
 関門と最奥の村を繋ぐともなればチャールズ級の魔法使いでなければダメだという。
 能力開発ノウハウが確立し、飛躍的に魔法使いが増えたとは言ってもまだまだ魔法使いは希少な存在だ。
 そんな才能を二十時間(この世界の一日)電話番に張り付けておくなんて無駄もいいところだぞ。

「もう一つは一斉に音が鳴ることですかね」

「どう言うことだ」

「どこかで電話をするとしましょう。するとすべての糸電話が繋がってしまうのです」

 おお、まさに糸電話だな。

「戦の緊急招集であればそれでもよいのですが、町と町の個別の案件に無関係の町の糸電話が鳴るのは迷惑でしかないかと」

 領主であるからして僕の館にも当然糸電話が設置されている。
 なにかある度に鳴るのはごめんこうむりたい。

「対策はあるのか?」

「魔力の弱い者でも通話できるようにするには、魔力を増幅する手立てを考える必要があります。理論に心当たりはあるのですが、再現できるかどうか……すべてが繋がる問題については私には解決する案が浮かびません」

「飛行手紙が個人宛に届けられるのだから、なんとかなるのではないのか?」

「はぁ、しかしそれは本格的に魔法使いにしか使えなくなってしまう可能性が出てきますよ」

 それは困るな。

「これ以上はここで話していても詮ないことです。次の議題に行きましょう」

 イラード、ナイス。

「そうですね。二年前に試作品としてお見せした魔道具の錠前(ロック)ですが……」

「完成したのか!?

 ジョーが身を乗り出したのでチカマックが少しのけぞる。

「え、ええ。使用に耐えられるものになったのではないかと」

 二年前に見せてもらった錠前は南京錠のような形状で、魔力を込めた鍵で施錠すると物理的にも魔法的にも開けられなくなり、同じ鍵に魔力を込めながら解錠しなければ開けられない仕組みになっていた。
 しかし、物理攻撃に弱くガンガン叩けば南京錠自体が物理的に壊れてしまい、よほど魔力を込めなければ半日もしないうちに魔法的施錠が解けてしまうと言うものだった。
 今回チカマックが披露してくれたのは物理的強度を高め簡単には壊れない南京錠であり、魔法感能力のあるものが魔力を込めながら施錠すれば二日は魔法による防御が継続するらしい。

「毎日施錠し直すなど、仕事柄いつもやっていることだ。二日持つのなら商売人としては十分な性能だ」

「で、あれば早速市場に発表しましょう」

「他の商人たちも喜ぶだろう」

 と、僕が言えば

「それはどうだろうか? 魔法使いはすべてお館様の配下だし、魔法部隊に参加しているものも商人のお抱えにはできなかろう?」

 ああ、確かに。
 せっかくの魔道具も使用者がいないのであれば、文字通りの宝の持ち腐れだな。

「これはむしろ、商材だ。他領に売るためのな。よほどの魔法使いでもなければ施せなかった施錠(ロック)解錠(アンロック)の魔法より簡便で、素材と構造の強度のみの錠前より頑丈な魔道具。ドゥナガール仲爵に売りつければ、あとは他領で飛ぶように売れるさ」

「自領の商人どもに恨まれる危険性はありませんか?」

 イラードの心配はもっともだ。
 他所の商人は安全な魔道具が使えて、自分達は使えないなんてなったら、なんなんだって不満に思うことは容易に想像がつく。

「むしろこの領内は魔法感能力者が多すぎて、逆にこの錠前では不安になる。使うとすれば他領に出ていく行商の時くらいだ」

 そう言うもんかね?

「あとはなにかあるか?」

「魔法の方はありません。科学技術の方ですが、植物紙の品質が安定してきました。軽く薄く丈夫。ルダーの提案を受け入れて職人を徒弟、職人、熟練工の三階級に分け、試験による昇級制度を導入しました。徒弟の作る紙は出来が良ければ市場に卸せますが、公文書には採用しません。徒弟の指導は熟練工にのみ許すと取り決めました。同様の制度は木版印刷工にも採用しております。ちなみに子供たちの学習教材はアンミリーヤの意見を取り入れて、あえて熟練工によって作成しております」

「それで最近の手習帳は出来がいいのか」

「いいものを見て触って使うことは学習の一部です」

 アンミリーヤの言う通りだ。
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