第319話 戦術と運

文字数 2,552文字

 イラードが到着するより先にルダー率いる輜重隊が到着した。
 話を聞くにサビーとガーブラが町に残した部隊による治安維持が少々規律に欠けていたため改めて指示を出すのに手間取っているからだという。
 むぅ……サビーもガーブラも一軍の将を任せたことが一度や二度ではなかったはずなんだけどな。

「副将だったりお館様を本陣にした戦での一部隊は担っていましたが、戦後処理などで指揮をしたことはなかったかと思われます」

 と、チャールズに言われてしまってはどうしようもない。
 そうだったか。

「さて、町々で荷を下ろしながらきたからな、継戦期間については話し合わなきゃなるまい」

「それはイラードが合流してからとしよう」

 その二日後にイラードが到着した。
 さらに飛行手紙でラビティアがこちらに向かっているとの連絡がよこされた。
 ダイモンドは念の為だろう多めに駐留軍を残してオクサのいる町に移動している。
 戦線が無駄に拡がっている気がする。
 これは帝国軍が落ち込んだ轍を踏み掛けているようで居心地が悪い。
 なお、アシックサル領ではグリフ族の解放が成功し、戦えないものを後方移送して戦えるものたちが部隊に組み込まれた。
 そして、二つほどの町を陥して国境線に迫ろうとしている。
 もう一つ、忍者部隊ニンニン隊が潜入しているヒョートコ男爵領では強制徴兵が行われ、反転攻勢の準備が進められていると報告があった。
 占領地での強制徴兵では士気は上がらないとしても、集めた人数によっては十分な脅威になりうる。
 僕はラビティアとイラードに「なるはや」と飛行手紙を送って、兵糧の確認をルダーとする。

「食べる分はいいが、この辺りはまだまだ水源に乏しくて苦労しそうだな」

 と、ルダーがいう。
 たしかにアシックサル季爵が強引に領土拡大を求めるのも領内の農業生産量が向上しないからだと聞いている。
 西の山脈から流れる幾筋かの川はハングリー区やアシックサル領にあまり恩恵を与えてくれていないようだ。
 オッカメー季爵領もアシックサル領から流れ込む川が生命線で、だからこそ小さな領地ながら水量豊富な川の流れているヒョートコ男爵の領地を第一目標に攻略したのだろう。
 できれば僕も、その領地をもらいたい。
 しかし、どうやらこの冬一度の合戦ではヒョートコ領は手中にできそうにない。
 残念だ。
 イラードが到着するとラビティアを待たずに軍議が開かれる。
 そこでは到着した兵糧での継戦日数が今年いっぱいだろうと試算された。

「これは駐留軍を残すことを前提としています」

 と、ルダーが附則する。
 つまり、一戦して蹴散らした後を見据えた計算だ。
 やるじゃないか。

「一気にアシックサルを打ち取ればよいのではないですか?」

 ガーブラはいうけど、それは簡単なことじゃない。
 それについてはトーハが忍者部隊から寄せられている情報を提示つつ分析結果を判りやすく解説してくれた。

「さて、軍の再編の件だ」

 明後日にも到着する予定のラビティア軍はそのままにしておこうと思うのだけど、サビーとガーブラはもっと有効活用できるポジションにした方がいいと判断した。

「現在我が軍は総勢千二百人。ラビティア軍も三百五十くらいだろうと思います」

 ささっと数字が出てくるあたりさすがだね、イラード。
 常に把握しているんだろうな。

「あまり細かく分けると数の有利を失いかねないので、隊を三つに分ける。本陣には私、ウータ、アゲールで五百。イラードを主将、ガーブラを副将に兵五百。合流するラビティアに残りの二百を持ってサビーが別働隊として配下につけ」

 「承知」と、声が揃う。

「ラビティア隊に一両日の休息を与えたのちノサウスの軍と合流する。気は抜かぬように英気を養え」

「ははは、難しいことを言う」

 からがらとガーブラの笑い声が響いて軍議は終了した。
 予定通りにラビティア隊が到着して翌日を丸一日休息日として空ける。
 ジャンの三剣と呼ばれるラビティアたちの副将には傭兵出身の戦士たちがついていた。
 ラビティアにはフィーバー隊がリーダージャパヌを隊長にそれぞれが組長を務めている。
 サビーもガーブラもこれくらいの単位で動いた方が戦力を有効活用できるんだろうか?
 悩みは尽きない。
 さて、悩んでいても時間は過ぎていく。
 出発の早暁、イラード隊を先発に僕、ラビティアと行軍する。
 合流地点は現在ノサウスから攻略中だと飛行手紙で報告されているアシックサル領内の対ヒョートコ砦。
 「合流までに陥して見せましょう」と息巻いていたけど、無理して可惜兵の命を散らしていないだろうな。
 到着まで三日、道中に特筆すべきことは何もなく、まったくもって順調な行軍だった。
 まぁ、行軍中にアクシデントなんてあったらたまったもんじゃないんだけど。
 砦はまだ落ちていなかったが、合流した味方に大きな損害がなかったところを見ると、無理攻めはしていなかったようだ。

「到着までに陥して見せますなどと大見得を切っておきながらこの体たらく、まことに面目次第もございません」

「よい。まずは状況の確認をしたい」

「は。開戦は三日前、昨日の段階では今頃は陥落できると踏んでいたのですが、援軍が昨夜のうちに入城したらしく士気が戻って頑強に抵抗されているという状況です」

 なるほど。

「援軍は想定外であったのだな?」

「はい。到着が後一両日は後と計算しておりました」

「援軍の後続はあると思うか?」

「長引けば当然……」

「と言いますか、援軍本隊が数日後に到着すると見るべきでしょうな」

 緊急即席の軍議に参加していたジャパヌがノサウスの言葉を引き継ぐように発言する。

「私見ですが、援軍が早過ぎます。おそらく入ったのはせいぜい騎兵が百騎。早ホルスで報せを受けた最寄りの駐屯地から取り急ぎできた部隊でしょう。援軍本隊はしっかりと準備をしてくるに違いありません」

 味方に諦めるなと、助けが来ると希望を持たせ、敵に予想より早い援軍到着で牽制しつつ本隊到着までの決死隊の役割を担わせる。
 選ばれた兵には酷な命令だが、効果は抜群だな。
 寄せ手に援軍がなかったならなかなかいい手だっただろう。
 残念だね。
 援軍によって敵の軍勢が倍以上に増えてしまったら先行のわずかな援軍が焼け石に水になってしまうのだから。
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