第37話 色々とびっくりだよっ!
文字数 2,668文字
おじいさん商隊長が死んだ。
宴の翌日のことだ。
この一年、キャラバンは相当死線をくぐり抜けてきていたのだろう。
それは五台の荷車が三台に、隊の人数が三分の二になっていたことからも判る。
隊のみんなを食わすため、危険な道中でできる限り仲間を生かすために随分と心を砕いてきたことは間違いない。
高齢の身には過大な負担だったことは想像に難くない。
昨日の宴でジョーに隊を譲り渡したことで緊張の糸が切れたのかもしれない。
けれど、と言うか「だから」なのかとっても穏やかな死に顔だった。
葬儀はその翌日に行われた。
いい商隊長だったからか、隊の人たちは心から嘆き、哀悼の意を示した。
遺体は隊のみんなの意思を尊重し、火葬にした。
亡骸 を商隊長の故郷に連れ帰るのだという。
この国は基本的に土葬が行われている。
この村も野盗に襲われるまでは土葬だった。
野盗に皆殺しにされた時も殺された村人は全員土に埋めた。
村に火をかけられたのでどれが誰だか判らなくて、まとめて一箇所に埋めたのが今でも心残りなんだけど……。
遺骨を箱に納めたあと、ジョーはおじいさん商隊 のみんなに自分のキャラバンに入るかどうかを自分で決めてくれと話した。
もちろん、おじいさん商隊長の意向は伝えた上でだけど。
「結論は急がなくてもいい。この村に残るのでもいい。故郷 に帰るのでもいい。俺からは以上だ」
そういってジョーは彼らの集まりから離れる。
僕も一緒にその場を後にした。
「何人残ると思う?」
「え? そうだね……十六人いたけど十人残るかな?」
僕はそう答えた。
おじいさんの縁者が三人いた。
故郷に連れて帰ると主張した人たちだ。
おじいさんの身の回りの世話をする従者が一人、縁者に賛同した人が二人。
この六人がここを去るというのが僕の見立てだ。
「それで済むと思うか?」
どうだろう?
キャラバンのメンバーって基本的にひとつ所に腰を落ち着けることが元来苦手な人ばかりってのが印象なんだけど……。
「集団ってのは合う合わないがある」
僕が沈黙を続けていたのをどう取ったのか、半ば独り言のように話し始めた。
「長く同じキャラバンにいた連中ってのは、そこが居心地よくて居続けていた奴らってことだ。そして、長く同じところにいると人は保守的になる」
おぉ、判る気がする。
「『それしか出来ない』と考えるか、『あそこが良かった』と思うかでも結論が変わるもんだ。社会経験の少ないお前には難しいか?」
いや、現世は確かに十六年ちょっとだけど、前世四十五年の記憶と知識もあるから理解できるぞ。
「ジョーは何人残ると踏んでるんだ?」
「確実なのは番頭のノーシンと手代のブローの二人。懐刀だったヤッチシが残ってくれるとありがたいがな」
頭痛薬?
いや、これまでの傾向からしてそんな由来じゃないはずだ。
「フルネームは?」
「必要か?」
心の安寧のためには結構重要だ。
力強く頷いたら教えてくれたけど……。
ノーシン・カークス。
ブロー・スッケサン。
ヤッチシ・ホイルピン。
と、おじいさんの周りに揃ってればあの時代劇しかないでしょ。
あとはうっかりしたのがいれば完璧だな。
「何をニヤついてるんだ?」
──っと、にやけてたか。
「いや、なんでもない……ヤッチシが残ってくれるとありがたいってどうして?」
「ほとんど武装していないオヤジさんのキャラバンが曲がりなりにも生き残ってたのはヤッチシの戦闘力と情報収集力のおかげといってもいい。うちのオギンをこの村に残している今、代わりになってお釣りのくる男は喉から手が出るほど欲しいのさ」
お・おぉっ! オギン・エン!!
やっぱうっかりしたのが必要だな。
…………。
いや、メンバー構成的には欲しいが、村としてはいらないか?
その翌日はカーゲマンの十五歳の誕生日だった。
ジョーの館でそれなりに盛大なお祝いが開かれた。
僕の誕生日は木の上で迎えたっけな。
さらに翌日、僕とカーゲマンの元服の儀が開かれた。
この村での新しい元服の儀式は日本の中世を参考に帽子をかぶせてもらって名前をもらうことにした。
烏帽子 親 に烏帽子名 をつけてもらうっていうアレだ。
カーゲマンには村長の僕が、僕はジョーに烏帽子親になってもらった。
ついでに村人全員に真名 をつけることにした。
この世界の魔法、特に呪術について調べた結果たどり着いた元服の儀だ。
中世日本の禁忌思想と根っこは同じでね、この世界では呪いをかける際相手の名前が必要なんだって。
中世日本と違って迷信じゃないのが恐ろしいところだよね。
真名を知っているのは烏帽子親と実の親だけ。
信頼する人間以外には真名を教えないようにと村長である僕からの下知を伝える。
儀式なのでちょっと格式張って考えてみた。
まず、村長の家(今はまだ仮宅の小屋だ)で親に同席してもらってエボシと名付けた帽子をエボシ親にかぶせてもらう。
この帽子はヘレンに作ってもらった革製のつばなし帽だ。
この帽子の内側に食べられる葉が挟められている。
元服する者はかぶせてもらった帽子を自分で外し、その葉を手に取る。
そこには真名が書かれていて、両親に確認してもらったあとそれを飲み下して儀式完了だ。
カーゲマン以外の村人は、一人一人小屋に呼んで真名を書いた葉を手渡して食べてもらった。
全員の真名なんか覚えてないけどね。
最後に僕の元服を行う。
小屋に僕とジョーの二人きり。
ジョーにかぶせてもらった帽子を外して葉を確認する。
そこには見慣れないけど見覚えのある文字が書かれていた。
僕がみんなの真名として書いたものの一種だ。
「……これって」
言葉を失う僕に耐えかねたのか、厳かな顔を崩してジョーは笑い出した。
「漢字だぞ。忘れたか?」
え? えぇっ!?
「俺も前世は日本人でな。お前の周りを飛び回っている妖精も見えてるぞ」
そんなそぶり見せてた?
いや、ちょいちょい気になる節はあったか?
「いつ言おうかと思ってたんだが、元服の儀にまさかほんとに元服を持ってくるとは思わなかった。まぁ、言うならこのタイミングだろうなと思ったわけだ」
「人が悪い」
「許せ許せ。歴史に造詣の深いお前のためにその名を付けてやったんだから、それで勘弁してくれ」
「……まぁ、許すよ」
「俺にも名前をつけるか?」
「前世の名前を教えてくれる? それを真名にしよう」
「何!?」
「意趣返しってやつだよ」
「ハハハハハ、いいだろう。俺の名は……」
え? みんなにどんな真名をつけたかだって?
そんなの教えるわけないでしょ。
宴の翌日のことだ。
この一年、キャラバンは相当死線をくぐり抜けてきていたのだろう。
それは五台の荷車が三台に、隊の人数が三分の二になっていたことからも判る。
隊のみんなを食わすため、危険な道中でできる限り仲間を生かすために随分と心を砕いてきたことは間違いない。
高齢の身には過大な負担だったことは想像に難くない。
昨日の宴でジョーに隊を譲り渡したことで緊張の糸が切れたのかもしれない。
けれど、と言うか「だから」なのかとっても穏やかな死に顔だった。
葬儀はその翌日に行われた。
いい商隊長だったからか、隊の人たちは心から嘆き、哀悼の意を示した。
遺体は隊のみんなの意思を尊重し、火葬にした。
この国は基本的に土葬が行われている。
この村も野盗に襲われるまでは土葬だった。
野盗に皆殺しにされた時も殺された村人は全員土に埋めた。
村に火をかけられたのでどれが誰だか判らなくて、まとめて一箇所に埋めたのが今でも心残りなんだけど……。
遺骨を箱に納めたあと、ジョーはおじいさん
もちろん、おじいさん商隊長の意向は伝えた上でだけど。
「結論は急がなくてもいい。この村に残るのでもいい。
そういってジョーは彼らの集まりから離れる。
僕も一緒にその場を後にした。
「何人残ると思う?」
「え? そうだね……十六人いたけど十人残るかな?」
僕はそう答えた。
おじいさんの縁者が三人いた。
故郷に連れて帰ると主張した人たちだ。
おじいさんの身の回りの世話をする従者が一人、縁者に賛同した人が二人。
この六人がここを去るというのが僕の見立てだ。
「それで済むと思うか?」
どうだろう?
キャラバンのメンバーって基本的にひとつ所に腰を落ち着けることが元来苦手な人ばかりってのが印象なんだけど……。
「集団ってのは合う合わないがある」
僕が沈黙を続けていたのをどう取ったのか、半ば独り言のように話し始めた。
「長く同じキャラバンにいた連中ってのは、そこが居心地よくて居続けていた奴らってことだ。そして、長く同じところにいると人は保守的になる」
おぉ、判る気がする。
「『それしか出来ない』と考えるか、『あそこが良かった』と思うかでも結論が変わるもんだ。社会経験の少ないお前には難しいか?」
いや、現世は確かに十六年ちょっとだけど、前世四十五年の記憶と知識もあるから理解できるぞ。
「ジョーは何人残ると踏んでるんだ?」
「確実なのは番頭のノーシンと手代のブローの二人。懐刀だったヤッチシが残ってくれるとありがたいがな」
頭痛薬?
いや、これまでの傾向からしてそんな由来じゃないはずだ。
「フルネームは?」
「必要か?」
心の安寧のためには結構重要だ。
力強く頷いたら教えてくれたけど……。
ノーシン・カークス。
ブロー・スッケサン。
ヤッチシ・ホイルピン。
と、おじいさんの周りに揃ってればあの時代劇しかないでしょ。
あとはうっかりしたのがいれば完璧だな。
「何をニヤついてるんだ?」
──っと、にやけてたか。
「いや、なんでもない……ヤッチシが残ってくれるとありがたいってどうして?」
「ほとんど武装していないオヤジさんのキャラバンが曲がりなりにも生き残ってたのはヤッチシの戦闘力と情報収集力のおかげといってもいい。うちのオギンをこの村に残している今、代わりになってお釣りのくる男は喉から手が出るほど欲しいのさ」
お・おぉっ! オギン・エン!!
やっぱうっかりしたのが必要だな。
…………。
いや、メンバー構成的には欲しいが、村としてはいらないか?
その翌日はカーゲマンの十五歳の誕生日だった。
ジョーの館でそれなりに盛大なお祝いが開かれた。
僕の誕生日は木の上で迎えたっけな。
さらに翌日、僕とカーゲマンの元服の儀が開かれた。
この村での新しい元服の儀式は日本の中世を参考に帽子をかぶせてもらって名前をもらうことにした。
カーゲマンには村長の僕が、僕はジョーに烏帽子親になってもらった。
ついでに村人全員に
この世界の魔法、特に呪術について調べた結果たどり着いた元服の儀だ。
中世日本の禁忌思想と根っこは同じでね、この世界では呪いをかける際相手の名前が必要なんだって。
中世日本と違って迷信じゃないのが恐ろしいところだよね。
真名を知っているのは烏帽子親と実の親だけ。
信頼する人間以外には真名を教えないようにと村長である僕からの下知を伝える。
儀式なのでちょっと格式張って考えてみた。
まず、村長の家(今はまだ仮宅の小屋だ)で親に同席してもらってエボシと名付けた帽子をエボシ親にかぶせてもらう。
この帽子はヘレンに作ってもらった革製のつばなし帽だ。
この帽子の内側に食べられる葉が挟められている。
元服する者はかぶせてもらった帽子を自分で外し、その葉を手に取る。
そこには真名が書かれていて、両親に確認してもらったあとそれを飲み下して儀式完了だ。
カーゲマン以外の村人は、一人一人小屋に呼んで真名を書いた葉を手渡して食べてもらった。
全員の真名なんか覚えてないけどね。
最後に僕の元服を行う。
小屋に僕とジョーの二人きり。
ジョーにかぶせてもらった帽子を外して葉を確認する。
そこには見慣れないけど見覚えのある文字が書かれていた。
僕がみんなの真名として書いたものの一種だ。
「……これって」
言葉を失う僕に耐えかねたのか、厳かな顔を崩してジョーは笑い出した。
「漢字だぞ。忘れたか?」
え? えぇっ!?
「俺も前世は日本人でな。お前の周りを飛び回っている妖精も見えてるぞ」
そんなそぶり見せてた?
いや、ちょいちょい気になる節はあったか?
「いつ言おうかと思ってたんだが、元服の儀にまさかほんとに元服を持ってくるとは思わなかった。まぁ、言うならこのタイミングだろうなと思ったわけだ」
「人が悪い」
「許せ許せ。歴史に造詣の深いお前のためにその名を付けてやったんだから、それで勘弁してくれ」
「……まぁ、許すよ」
「俺にも名前をつけるか?」
「前世の名前を教えてくれる? それを真名にしよう」
「何!?」
「意趣返しってやつだよ」
「ハハハハハ、いいだろう。俺の名は……」
え? みんなにどんな真名をつけたかだって?
そんなの教えるわけないでしょ。