第205話 情報密度と従軍記者

文字数 2,456文字

 ため池用にボコボコと魔道具で穴を開ける作業を始めて五日が経った。
 畚や猫車で土を運び出すのをぼーっと眺め、ショベルカーがあればもっと早いんだろうなぁ……なんて思いながらも出来上がっていくため池を見守っていると、ふらりと飛行(エア)手紙(メール)が舞い込んできた。
 ラビティアからの飛行手紙には「村の制圧完了」とだけ書かれている。
 いやいや、もっとちゃんと報告しようよ。
 どうもオルバック家にいた人たちは、報告・連絡が下手なきらいがある。
 僕は懐から飛行手紙を取り出し、箇条きに「戦闘の有無(まあ、ないと思うけど)」「他の隊の行動」「村の状況」「今後の予定」を報告せよと認めて紙飛行機を折る。

「二度手間ですなぁ」

 手紙を飛ばした後ろからルダーが声をかけてきた。

「まったくだよ、何度も報告の仕方は説明しているはずなんだけどねぇ」

 なんてぼやいていると、今度はオクサから飛行手紙が届いた。
 こちらには「無抵抗、明日より柵の建設および街道整備開始のこと」と、書かれている。
 それを横から覗き見ていたルダーが苦笑しながら
「本多作左衛門かよ」
 と呟く。

 一筆啓上
 火の用心
 お仙泣かすな
 馬肥やせ

 長篠の戦いの折り、妻に宛てた日本一短いと言われる手紙で有名な戦国武将(ほん)()重次(しげつぐ)のことである。
 実際の手紙は「一筆申す 火の用心 お仙痩さすな 馬肥やせ かしく」と書かれていたそうな。

「ま、必要十分なことが書かれているからいいか」

 村の様子はちょっと知りたかったけど、それはいいや。
 折り返しの手紙は翌日に届いた。
 内容はこう

  一、戦闘なし
  二、ダイモンドはその日のうちに出立
  三、村、元気なし
  四、本日より街道整備

 箇条書きのまま返信かよっ!
 いや、いいけど。
 今日も横から覗き見ていたルダーが苦笑している。
 あーもー、どーすりゃいーんだ!?

「こりゃあもう、次からは最初っから従軍記者でも帯同させるんだな」

 !
 それだ!
 なんだよ、最初っから解決手段あるじゃないかっ!!
 ルダー、サンキュー。

「いたよ」

「誰が?」

「従軍記者」

「ん?」

「ウォルターだよ、ここにも一人弟子が残ってる。オクサの軍にも記録係としてウォルターがつけていた。こういう時に利用しないでどうするんだ」

「おー、おぉ」

 僕は早速ウォルターに手紙を認める。
 すると翌日、二つの村から飛行手紙が相次いで届いた。
 ウォルターから連絡を受けた彼の弟子たちが詳細な従軍記事を書いて寄越したのである。
 それによるとどちらもこの村同様に三十人ほどが暮らしていて、抵抗なく村を明け渡したそうだ。
 オクサの村では翌日から防護柵を、ラビティアの村はこの村に向かって街道整備を始めたという。
 オクサの方は、初日に柵の支柱を一気に立てた後、槍兵の一部を割いてこの村へと通じる街道の整備に送り出したと書かれている。
 気になったのは村人への報酬で、オクサはフレイラ粉半ラッタと八十銅貨、ラビティアはフレイラ粉一ラッタと五十銅貨を支給すると約束したらしい。
 しまった。
 村によって報酬が違うのは問題だ。
 地域によって実情が違うだろうけど、不公平感を感じさせちゃこの後の統治に差し障る。
 事前に取り決めておくべきだった。
 僕は読み終わるとすぐに村人への報酬に関する同じ内容の三通の手紙を認め、オクサ、ラビティア、ダイモンドへと飛ばす。
 これで、村人への報酬は基本同じものになるはずだ。
 もちろん、地域の実情を考慮してフレイラと銅貨の比率を調整してもよいと、ある程度の裁量権は与えておく。
 さらに三日後、ノサウス隊に同行しているというウォルターの弟子から飛行手紙が届いた。
 他の村同様抵抗なく村人四十七人を支配下に収め、翌日から街道整備に槍隊から二十人選抜して送り出し、魔法部隊を使って村の西側にため池を作り始めたと書かれていた。
 この村の人口が他の村より少し多いのは、ズラカリー区へと流れる川が近くを流れているからだ。ハングリー区で唯一まともな水源とも言える川だが、ズラカルト男爵によって取水制限をかけられているので農業用水としては利用できず、決して豊かなわけじゃない。
 その川から水を引き込むため池を造る。
 そのためには爆弾による発破が必要不可欠だ。
 ダイモンドは預けた魔法部隊の一隊をこの村に残していったらしい。
 攻撃部隊としての有用性を認識しているだろうに、戦力としてあてにしないでちゃんと内政に利用する。
 猪武者とは一線を画す見事な采配だ。
 だけじゃない。
 ダイモンドはそこから街道を整備しながら進軍をしているとも報告された。
 進軍速度は極端に遅くなるけど、町への道が整備されていれば援軍の移動も迅速に行える。
 僕は翌日、イラードに預けている弓兵から五十人選抜してラビティアが占領した村への道を整備しながら進発するようにルビレルに指示を出す。

「先日、親衛隊としてお館様につけていた槍隊を領内へ返したばかりですが、この村の守りは大丈夫ですか?」

「心配するな。この村へ直接軍が催されることはない。ルビレル」

「はっ」

「途中で街道整備をしている工兵隊と出会うはずだから、それらを吸収してダイモンドに合流せよ。二つの村には三十人ほど兵を残していれば問題はなかろう」

「兵糧は足りるでしょうか?」

「今回の遠征、後方支援部隊も含めて八百五十人()(つき)(ぶん)の兵糧を用意している。ハングリー区の村人への配給分を計算に入れてもあとひと月分は賄えるはずだ。今日を入れて十五日。十五日経ったら街道整備を放棄してダイモンドに合流することを優先せよ。我が軍なら三日もあれば町を落とせるはずだ」

「御意、承りました」

 ルビレルが僕の陣幕を出ていくと、入れ替わりにイラードが入ってくる。

「聞いていたか?」

「聞こえておりました」

「手透きの輜重隊を領内に戻して追加の兵糧を取ってくるように手配してくれ」

「ここに残っている輜重隊ではたいした量にならないと思われますが、よろしいのですか?」

「ああ、我が軍が領内に帰れる分だけ用意できればそれでいい」
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