第258話 内政について 2

文字数 2,653文字

「領内の教育環境ですが」

 と、議題は教育大臣アンミリーヤの領分へと移行する。

「五歳から十歳までの初等教育機関、通称小学校はすべての集落に設置完了。校舎ですか? それも全集落で完成ました」

 現在、読み書きを中心に税と貨幣経済の仕組みを教えつつ算盤(そろばん)(算術)と()(りょう)(こう)(計算単位)を五歳から十歳までに教えることを初等教育、十一歳から成人年齢の十五歳までは農業知識と兵役訓練を(魔法適性のあるものは魔法学科も)必修に、職業体験を選択科目にして中等教育として必ず教育を受けさせるようにという法律「義務教育」を施行している。
 この世界、少なくとも王国には僕が導入するまで義務教育という概念は存在していなかった。
 少なくともあまねく未成年に教育を施すという法は存在していなかったはずだ。
 僕が王国最奥の村、今のバロ村で反旗を翻して人材不足を痛感したことに始まる。
 義務教育とは子供たちが教育を受ける権利の確認であり、子供たちに教育を受けさせる大人たちへの義務である。
 とは言っても法で「義務だから子供たちを学校にこさせよ」と言ったってはいそうですかとはなかなかならないもんだ。
 だから言葉は悪いが文字通り餌で釣った。
 当初は子供たちも貴重な労働力だったので午前中だけだった学校も、今では日本の小学校のように昼食を挟んで午後も行われている。
 昼食は給食だ。
 給食を出すことで食糧事情の悪い家庭の子供たちに登校を促している。
 子供たちはとりあえず飯が食えるし、親も子供たちは外で食ってくるのだから食費が浮く。
 律令制を参考に運用している領内は原則として土地の私有を許していないけれど、以前話した通り自分で開墾した土地は三年間免税され、その後の二年は税制優遇が受けられる。
 最初は公共事業として開墾を始めたんだけど、結局人の欲を刺激する方が効率的だったんだよね。
 ただ、これは諸刃の剣で、日本史でいう(さん)()一身(いっしんの)(ほう)の一歩手前の政策だという自覚があるから最終的に私有を認めざるを得ない方向にいくに決まっているんだ。
 でもそもそも王国は封建制度下な訳だし、対外的には(というか、実質)僕自身が領主として私有している状態だし、はなから矛盾した法制度であるという認識もある。
 その王国も事実上崩壊していて群雄割拠の戦国時代だ。
 領土の拡張に合わせて法律も変えていけばいいさ。
 その頃には領民の教育水準もそれなりで新しい法律への理解も早かろう。

「十五歳までの中等教育用の校舎、通称中学校も現在旧町域を中心に整備を進めており、乗合ホルス車での通学で全生徒を学ばせることができるようになりました。しかし、戦後の出産数増加を鑑みると十年後には少なくとも今の三倍以上の中学校が必要ではないかと思われます」

 小学校は各集落に設置し、将来の人口増に対応するために最初から各学年三十人学級規模の教室を持った校舎を建設させた。
 これに対して、中学校は初等教育を履修した子供のための施設なので、オグマリー区以外の地域にはまだそれほどの需要はない。
 なので、先行しているオグマリー区以外は小学校舎と同規模の施設を旧町域十八ヶ所に一校ずつしか作っていない。
 よって旧村約七十集落に最低一校はある小学校との数的ギャップはとても大きい。
 もっとも、今は各小学校とも全校児童で一桁という田舎の分校がほとんどだから、整備にかかる時間的猶予は少なくとも五年くらいある。
 ただこれも、優秀な人材の育成を目的としているので飛び級制度を導入していて、八歳からは学習進度に応じた学年に進級できるようにしているので本当に五年も猶予があるとは限らない。

「教育は国の根幹だ。できる限り最優先で取り組むようにと各部署には指示している。心配なら改めて指示を出すぞ」

「ありがとうございます」

「高等教育はどうなったの?」

 と、頭を下げたアンミリーヤに質問したのはそれまでずっと発言を控えていたクレタ。
 日本由来の転生者で前世の知識を活かして医者として、また厚生大臣として衛生環境を改善し死亡率の低下、ひいては人口増加に貢献し続けている。
 その彼女の興味は当然より優秀な人材へのさらなる専門教育ということなのだろう。
 医療は人の生死に直結する。
 外科的治療では魔法によって前世以上の効果を得られるこの世界でも、公衆衛生など膨大な知識を必要とするものは多い。
 前世世界とは共通している部分が多いとはいえ魔法を筆頭に前世知識の及ばないことは少なくない。
 その中で問題を一つ一つ解決に導くためには優秀な人材による研究が不可欠であることは論をまたない。
 今は各職種で徒弟制度による技術継承が行われているけれど、職種によっては非効率なものもある。
 ものによっては徒弟制度の方がいい場合もあるのだろうけどね。

「高等教育については、有識者会議を開催して検討しています。クレタ殿にも会議への参加をお願いしていたはずですが?」

「あー。子供が幼いとなかなか参加も難しいのよね」

 クレタはルビンス・ヨンブラムの妻で、四児の母である。
 そこに研究医、厚生大臣という重要ポストも担っているのだから大変だ。

「厚生大臣なら降りてもいいぞ。任せられる後任がいるのならな」

 妻であり母であることは代わってあげられないし、前世知識を使う研究医の職も代わりはいないけど、厚生大臣という役職だけは交代できそうだと訊ねてみたのだけど

「今の所いないわね」

 と言われてしまえば引っ込めるしかない。
 けど、ここで前世みたいに過労でぽっくり逝かれても困る。

「今時点で後任はいないとしても替えの効かない人材は将来的に困るぞ。二、三人後継者になりそうな人材はいないのか?」

「そうね、アキとガブリエルなら知識もあって判断力もあるから、今から育てれば五年もすれば任せられるかも」

 それを聞いてルダーが

「ガブリエルってチャールズの嫁さんか?」

 と、訊ねる。

「ええ、そのガブリエル。私と違って彼女は子育ても一段落してるし、従軍看護で経験も豊富だからね」

「クレタより十五は上じゃないか?」

「そうね」

「ルダー、年齢は関係ないんじゃないか?」

「ああ、まぁそうだけどよ」

「カルホは? 彼女もクレタ()に憧れて医療の道に進んだんじゃなかったか?」

「うちの義理の娘(アニー)と一緒にな」

「二人ともまだまだ未熟。とてもじゃないけど大臣なんてポスト任せられないわよ」

 まーそーだよなー。

「とりあえず、アキとガブリエルを副大臣に任命するから、クレタ自身の負担を極力減らすように」

「判りました」
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