第223話 凱旋なのに心の晴れないジャンであった
文字数 2,423文字
春の出兵は当初の予定通り三町を支配下に治めて凱旋した。
「浮かないお顔ですね。戦捷と聞き及んでおりましたが……」
出迎えたサラが心配そうに訊ねてきた。
「こちらの戦は完勝だ。兵の損失も最小限に抑えたつもりでいる」
「では……」
「ルビレルが戦死した」
そう告げると絶句して口元を押さえた。
田舎の下克上領主である僕の家臣の中ではもっとも典雅に明るい人物だったから、サラは比較的ルビレル・ヨンブラムと接することも多かった。
「どのような御最期だったのでしょう?」
館に戻り居間にくつろぐのもまたず彼女は顛末を聞きたがったが、僕も詳しいことは判らない。
今は詳細の報せを待っているところだった。
「サラ」
「はい」
「今日一日は嘆いてもいい。けど、明日からは凱旋した領主の妻だ。いいね?」
「……はい」
「今日は奥で休むといい」
「申し訳ございません」
サラが退がったのと入れ違いに、コンドー・ノレマソがやってきた。
そっと様子を伺っていただろうに噯 にも出さない。
「領内の差配に問題はなかったか?」
「はい。農繁期も過ぎていましたし、現在の我が領内で……いえ、関門の内側でお館様のお手を煩わせるようなことは滅多に起きません」
言ってくれるね。
「しかし、お前がきた。用向きは?」
「チロー殿から伺いまして、有能な文官の名簿をお持ちいたしました。御見分を」
チロー・トーキ、現在は通商大臣であって内務大臣じゃないんだがな。
「今日到着したばかりでもう名簿ができているのか?」
「いえ、飛行手紙で八日ほど前に連絡が」
あまり目端が効きすぎるのも問題だなぁ。
ありがたいけどね。
僕は、名簿に目を通しながらコンドーにイラード・タンを呼び出すよう命じる。
領内の人事であるからには内務大臣である彼と話し合わないわけにはいかない。
夜になってイラードがチローとチカマック・エモンザーを伴ってきたとの報せを受けて評定の間へ通し、夕食の支度を言いつけてコンドーと評定の間へと向かう。
板張りの床に胡坐を敷いて座るスタイルの評定の間に三人の男たち。
僕が入ってきたので必然、手をついて頭を下げる姿勢になる。
上座に胡座 で座ると、それまで足を伸ばしたり膝を抱えて座っていた面々が真似をする。
ここは元々西洋スタイルの文化を持つ国だ。
そこに歴史オタクの僕が、趣味で日本の城館を持ち込んでいるのだから戸惑っているだろうとは気づいているけど、そこはあえて無視をする。
常識にとらわれない新興領主の演出も兼ねているからだ。
「旅装を解いたばかりであったろう、すまんな」
「いえ、道々チローから聞いております。本来ならワタシが献策せねばならぬ事。申し訳ございません」
「よい。ところでチロー」
「はい」
褒められるとでも思っているのか、得意満面の表情だ。
「今回の手回し、本来ならさすがと褒めるべきところだが」
と、言葉を区切ったところでチローの笑みが消えて不安な上目遣いになる。
「少々越権がすぎる。まずは内務大臣であるイラードに献策あって然るべきと思うがいかに?」
「あっ」という表情になって床板に額をこすりつけるように平伏するチロー。
「申し訳ございません! まさに、まさにお館様が言う通りにございます」
「イラード。我が支配地もそれなりの広さになった。重職に取り立てた者たちの中には私同様百姓町人出の者も少なくないから、村の寄り合いの延長のつもりでいるものも少なくなかろう。綱紀の粛正に心掛けてくれ」
「アンミリーヤやウォルターなどと相談し綱紀粛正に努めましょう」
アンミリーヤは教育大臣、ウォルターは歴史学者で現在は従軍記録を弟子たちと取るなどしている。
「ウォルターといえばルビレルに従軍記者としてついていたな」
「はい。現在、帰途についているので来月早々には城下に戻るかと」
それまではルビレルの件、判らないんだな。
「話が逸れたな。人事の話だ」
現在、ヒロガリー区の二つの町に百人ずつ兵を駐屯させている。
そこが現状の領境であり、最前線だからだ。
一つは人口五百三十人、周辺四ヶ村を束ねていて群落 の総人口約九百人。
敵将リゼルドの治める町と隣り合わせだ(と言っても途中二つの村を挟んで四日の距離にある)から、ラビティア・バニキッタとホーク・サイを残してきた。
もう一つの町は人口二百八十人、周辺四ヶ村も合わせて四百人余りというヒロガリー区ではかなり小さな群落だ。
ここにノサウス・クレインバレーを将として百人規模で軍を残してきたのは、敵将トゥウィンテルを討ち漏らしてしまったから。
まぁ、仕方ない。
あの後、追いも追ったり町の向こう、村のさらに向こうまで追ったのだけれど、結局敵の主だった指揮官クラスは全員逃げ果 せてしまった。
幸いと言っていいのか、敵軍勢は散り散りになり、約半数が投降してきたので再度軍を催してきたとしても秋までは今回以上の軍勢になることはないと見ている。
二つの町の奥、ヒロガリー区で最初に攻略した町の人口は四百人、五ヶ村を加えて約六百五十人、それに単独の三十人集落には文官としてソガーが、今回の遠征で配下に加えたメゴロマ・シードゥを武官に従えて暫定代官を務めている。
文官としてはアンヌがノサウスの、ジーンがラビティアの副官としてそれぞれの町に赴任している。
「この春に人事異動を出したばかりだが、ヒロガリー区の統治には有能な人材をあてたい」
「ハンジー町の代官であるホークがヒロガリー区にいることもありますし、文官どもには不満も出ましょうが致し方ありますまい」
「オグマリー区はすでに体制も整っておりますから、文官の中から代官を任命するのでもよいかもしれません」
「そうは言うがチロー、お館様もワタシも見知らぬ文官では代官を任せるのに少々不安が残るぞ」
戦時下で緊急措置だったソガーたちはともかく、今回は正式な町代官の任命だ。
イラードの懸念ももっともだ。
「誰なら知っております?」
そうだな……。
「浮かないお顔ですね。戦捷と聞き及んでおりましたが……」
出迎えたサラが心配そうに訊ねてきた。
「こちらの戦は完勝だ。兵の損失も最小限に抑えたつもりでいる」
「では……」
「ルビレルが戦死した」
そう告げると絶句して口元を押さえた。
田舎の下克上領主である僕の家臣の中ではもっとも典雅に明るい人物だったから、サラは比較的ルビレル・ヨンブラムと接することも多かった。
「どのような御最期だったのでしょう?」
館に戻り居間にくつろぐのもまたず彼女は顛末を聞きたがったが、僕も詳しいことは判らない。
今は詳細の報せを待っているところだった。
「サラ」
「はい」
「今日一日は嘆いてもいい。けど、明日からは凱旋した領主の妻だ。いいね?」
「……はい」
「今日は奥で休むといい」
「申し訳ございません」
サラが退がったのと入れ違いに、コンドー・ノレマソがやってきた。
そっと様子を伺っていただろうに
「領内の差配に問題はなかったか?」
「はい。農繁期も過ぎていましたし、現在の我が領内で……いえ、関門の内側でお館様のお手を煩わせるようなことは滅多に起きません」
言ってくれるね。
「しかし、お前がきた。用向きは?」
「チロー殿から伺いまして、有能な文官の名簿をお持ちいたしました。御見分を」
チロー・トーキ、現在は通商大臣であって内務大臣じゃないんだがな。
「今日到着したばかりでもう名簿ができているのか?」
「いえ、飛行手紙で八日ほど前に連絡が」
あまり目端が効きすぎるのも問題だなぁ。
ありがたいけどね。
僕は、名簿に目を通しながらコンドーにイラード・タンを呼び出すよう命じる。
領内の人事であるからには内務大臣である彼と話し合わないわけにはいかない。
夜になってイラードがチローとチカマック・エモンザーを伴ってきたとの報せを受けて評定の間へ通し、夕食の支度を言いつけてコンドーと評定の間へと向かう。
板張りの床に胡坐を敷いて座るスタイルの評定の間に三人の男たち。
僕が入ってきたので必然、手をついて頭を下げる姿勢になる。
上座に
ここは元々西洋スタイルの文化を持つ国だ。
そこに歴史オタクの僕が、趣味で日本の城館を持ち込んでいるのだから戸惑っているだろうとは気づいているけど、そこはあえて無視をする。
常識にとらわれない新興領主の演出も兼ねているからだ。
「旅装を解いたばかりであったろう、すまんな」
「いえ、道々チローから聞いております。本来ならワタシが献策せねばならぬ事。申し訳ございません」
「よい。ところでチロー」
「はい」
褒められるとでも思っているのか、得意満面の表情だ。
「今回の手回し、本来ならさすがと褒めるべきところだが」
と、言葉を区切ったところでチローの笑みが消えて不安な上目遣いになる。
「少々越権がすぎる。まずは内務大臣であるイラードに献策あって然るべきと思うがいかに?」
「あっ」という表情になって床板に額をこすりつけるように平伏するチロー。
「申し訳ございません! まさに、まさにお館様が言う通りにございます」
「イラード。我が支配地もそれなりの広さになった。重職に取り立てた者たちの中には私同様百姓町人出の者も少なくないから、村の寄り合いの延長のつもりでいるものも少なくなかろう。綱紀の粛正に心掛けてくれ」
「アンミリーヤやウォルターなどと相談し綱紀粛正に努めましょう」
アンミリーヤは教育大臣、ウォルターは歴史学者で現在は従軍記録を弟子たちと取るなどしている。
「ウォルターといえばルビレルに従軍記者としてついていたな」
「はい。現在、帰途についているので来月早々には城下に戻るかと」
それまではルビレルの件、判らないんだな。
「話が逸れたな。人事の話だ」
現在、ヒロガリー区の二つの町に百人ずつ兵を駐屯させている。
そこが現状の領境であり、最前線だからだ。
一つは人口五百三十人、周辺四ヶ村を束ねていて
敵将リゼルドの治める町と隣り合わせだ(と言っても途中二つの村を挟んで四日の距離にある)から、ラビティア・バニキッタとホーク・サイを残してきた。
もう一つの町は人口二百八十人、周辺四ヶ村も合わせて四百人余りというヒロガリー区ではかなり小さな群落だ。
ここにノサウス・クレインバレーを将として百人規模で軍を残してきたのは、敵将トゥウィンテルを討ち漏らしてしまったから。
まぁ、仕方ない。
あの後、追いも追ったり町の向こう、村のさらに向こうまで追ったのだけれど、結局敵の主だった指揮官クラスは全員逃げ
幸いと言っていいのか、敵軍勢は散り散りになり、約半数が投降してきたので再度軍を催してきたとしても秋までは今回以上の軍勢になることはないと見ている。
二つの町の奥、ヒロガリー区で最初に攻略した町の人口は四百人、五ヶ村を加えて約六百五十人、それに単独の三十人集落には文官としてソガーが、今回の遠征で配下に加えたメゴロマ・シードゥを武官に従えて暫定代官を務めている。
文官としてはアンヌがノサウスの、ジーンがラビティアの副官としてそれぞれの町に赴任している。
「この春に人事異動を出したばかりだが、ヒロガリー区の統治には有能な人材をあてたい」
「ハンジー町の代官であるホークがヒロガリー区にいることもありますし、文官どもには不満も出ましょうが致し方ありますまい」
「オグマリー区はすでに体制も整っておりますから、文官の中から代官を任命するのでもよいかもしれません」
「そうは言うがチロー、お館様もワタシも見知らぬ文官では代官を任せるのに少々不安が残るぞ」
戦時下で緊急措置だったソガーたちはともかく、今回は正式な町代官の任命だ。
イラードの懸念ももっともだ。
「誰なら知っております?」
そうだな……。