第204話 見よ、近代化の萌芽
文字数 2,760文字
街道は僕の領内を整備した時とは比べ物にならないほどの速さで行われる。
なにせあの頃は完全人力だったけど、今やホルスに馬鍬 を引っ張らせて道を慣らしたら、後は重いコンダラで踏み固めればいいんだから。
「重いコンダラってなによ?」
「整地ローラーの俗称だよ。知らないの?」
「知らないわよ」
「いつからそんな呼ばれ方するようになったんだ?」
人の頭の中を覗く癖があるリリムとの会話にルダーが入ってきた。
あ、そう言えばずいぶんと久しぶりに音声で会話してたな。
「いつからだろう? 大人になるまでそんな呼び方してなかったなぁ」
「どこからきた言葉だよ」
「巨人の星だね。オープニングで整地ローラー引っ張っているシーンと歌詞がシンクロしてアレの名前がコンダラだと思ったって……誰が言ったか知らないけど、そんなシーンないんだよね。歌詞テロップも漢字表記だったからちゃんと観てた子供は間違えようもないんだけど」
「ジャンの前世の生まれる前のテレビ漫画じゃないのか?」
「僕が小さい頃はよく夕方にアニメが再放送されてたんだよ」
「はぁ〜ん。うちの弟もよく観てたな。アトムだの鉄人だの」
「ははは」
「しかし、街道整備もずいぶん楽になったな」
ホルスに馬鍬だけじゃない。
馬鍬は輜重隊の荷車に取り付けている。
そう、あの蒸気機関アシスト車にだ。
それによって人力の十倍は早く整地が進む。
アシスト程度の蒸気機関でこれなんだから、ブルドーザーで整地するアメリカ軍に鶴嘴 畚 に猫車の帝国軍が敵うはずないやーね。
ガラガラとホルスで馬鍬を引かせた後は人力で熊手 とトンボを使って凸凹をならす。
最後に馬鍬を整地ローラーに取り替えてホルスにひかせて道を踏み固めれば、あっと言う間に平らな道だ。
歩きやすくなったこの道が完成したならオグマリー関門まで四日で着けるだろう。
「これなら明日以降、俺が監督しなくても大丈夫そうだな。道はこのまま部下を一人つければ森林地帯に入るまでは滞りなく進むだろう」
「そうか、なら親衛隊に配属していた槍兵二十、あれを街道整備に充ててそのまま領内に帰すことにしよう」
「いいのか? 大事な兵力だろう?」
「まあね。しかし、人数残していればそれだけ食うしな」
「距離が離れれば村に戻ってくるのだって時間もかかる。それなら野営しつつ関門を目指す方が合理的でもあるか」
「そう言うこと」
「じゃあ、そうしよう。ため池づくりに注力できれば、村人の慰撫 にも効果的だしな」
ルダーの言う通り、オグマリー区への街道が整備されて行き来がしやすくなっても、村人には目に見えた恩恵は感じられないだろう。
実際、ゆくゆくはその恩恵に感謝するだろうが、すぐすぐ恩恵が得られるわけでもない。
一方、ため池ならこの荒地での耕作に有益なことが一目瞭然だ。
村人全員をこちらの作業に従事させ、僕がいい支配者であると思わせることができれば万々歳だろう。
村の西にそびえる山脈は帝国との国境となっている。
その山脈からハングリー区に流れる川は三筋。
一本は太い川だがズラカリー区へと流れる川で、ズラカリー区で使うためにハングリー区での取水制限があり、農業にはほとんど使えない。
後の二本は水量の乏しい川で、特にこの村へ引き込んでいる川は東隣りのヒロガリー区へ届く前に枯れてしまうほどである。
しかし、高い山脈は冬場かなりの積雪があるはずで、春になれば雪解け水が川に流れ込むはずなのだ。
実際、村人の話によれば、春にはヒロガリー区まで水が流れていくのだという。
ならば村の上流に大きなため池をこさえれば、春の雪解け水を夏場に使えるんじゃないか?
普通考えるよね?
問題は大土木工事になることだ。
ここらの地盤は水を抱えることができないことが、ぱっと見で判る。
日本同様、山脈の東側は雨が少ないようだし、雨が降っても大地が潤わないから作物が育たないんだ。
だから、大きな穴を掘っただけじゃあ水を貯められないだろうとルダーは言っていた。
そこで魔法の出番だ。
この数年、錬金術的研究をチャールズには課していた。
僕(と言うより主にルダー)の土の知識とチカマックの前世での魔法知識で土壌改良魔法を考えてもらっていた。
この世界の魔法は理 への干渉だという。
鉄を金にはできないが、鉄を酸化鉄や鋼にすることはできるようだった。
なら、粘土層を作ったり水の染み込まない岩盤にしたりできるのじゃあないかしら?
と、無茶を聞いてもらったのだ。
まぁ、都合のいい魔法など完成はしていないんだけどね。
副産物というか、代わりに生まれたのがコンクリートだ。
コンクリートが作れるというならため池に水を貯められるじゃあないか!
となって、さらに僕の歴史オタクとしての疼きがローマンコンクリート開発へ向かわせた。
二十一世紀に使われていたコンクリートは経年劣化していくもので、寿命が長くても百年と言われていた。
しかし、古代ローマ帝国時代に利用されていたコンクリートは時が経てば経つほど強度が増したという。
そのため二十一世紀になってもあちこちでローマ時代の神殿遺跡などが残っていた。
余談だけど、街道整備に使う『コンダラ』はコンクリート製だ。
あれもこの研究の副産物だ。
さて、ローマンコンクリートの最大の問題は岩や砂利を骨材に、火山灰と石灰と海水を混ぜたモルタルを流し込んだものだったということだ。
そう、ローマンコンクリートを再現するためには大陸の真ん中に位置するこの場所で、海水を用意しなければならないことである。
まぁ、厳密に言えば地球の海水に含まれていたミネラルが必要だったんだ。
とまあ、そんなこんなで色々な成分を作り出したり抽出したりで、我が領内での化学知識が飛躍的に向上した。
これは近代化への大いなる進歩だ。
話がそれた感じだけど、なにが言いたいかといえば、ため池を作る準備はできていたってことだ。
翌日からルダーの指揮でため池造りが行われた。
将来を見越して場所を選び、測量して魔道具爆弾 で大地に穴を穿つ。
土木作業用爆弾は友軍 誤爆 を避けるため威力を抑えた兵器用と違って威力増し増しで、一発で直径十シャル、深さ一シャル半もの大穴を開ける。
うわぁ……おっかねぇ。
「ワタシではこれが精一杯です、すいません」
「──とか、チャールズが謝っていたけど、どういうこと?」
って、ルダーに聞いたら、魔法使いの魔力量や練度によって火力が違うんだそうだ。
ちなみによくルダーが手伝ってもらっている魔法使いたちの威力は直径五、六シャル、深さ一シャルに届けばいい方だという。
「誰と比較しているんだ? チャールズ」
「もちろん、ラバナル師です。試射した際にこの倍ほどの穴を開けていました」
……あいつを怒らせるのはヤバいな。
なにせあの頃は完全人力だったけど、今やホルスに
「重いコンダラってなによ?」
「整地ローラーの俗称だよ。知らないの?」
「知らないわよ」
「いつからそんな呼ばれ方するようになったんだ?」
人の頭の中を覗く癖があるリリムとの会話にルダーが入ってきた。
あ、そう言えばずいぶんと久しぶりに音声で会話してたな。
「いつからだろう? 大人になるまでそんな呼び方してなかったなぁ」
「どこからきた言葉だよ」
「巨人の星だね。オープニングで整地ローラー引っ張っているシーンと歌詞がシンクロしてアレの名前がコンダラだと思ったって……誰が言ったか知らないけど、そんなシーンないんだよね。歌詞テロップも漢字表記だったからちゃんと観てた子供は間違えようもないんだけど」
「ジャンの前世の生まれる前のテレビ漫画じゃないのか?」
「僕が小さい頃はよく夕方にアニメが再放送されてたんだよ」
「はぁ〜ん。うちの弟もよく観てたな。アトムだの鉄人だの」
「ははは」
「しかし、街道整備もずいぶん楽になったな」
ホルスに馬鍬だけじゃない。
馬鍬は輜重隊の荷車に取り付けている。
そう、あの蒸気機関アシスト車にだ。
それによって人力の十倍は早く整地が進む。
アシスト程度の蒸気機関でこれなんだから、ブルドーザーで整地するアメリカ軍に
ガラガラとホルスで馬鍬を引かせた後は人力で
最後に馬鍬を整地ローラーに取り替えてホルスにひかせて道を踏み固めれば、あっと言う間に平らな道だ。
歩きやすくなったこの道が完成したならオグマリー関門まで四日で着けるだろう。
「これなら明日以降、俺が監督しなくても大丈夫そうだな。道はこのまま部下を一人つければ森林地帯に入るまでは滞りなく進むだろう」
「そうか、なら親衛隊に配属していた槍兵二十、あれを街道整備に充ててそのまま領内に帰すことにしよう」
「いいのか? 大事な兵力だろう?」
「まあね。しかし、人数残していればそれだけ食うしな」
「距離が離れれば村に戻ってくるのだって時間もかかる。それなら野営しつつ関門を目指す方が合理的でもあるか」
「そう言うこと」
「じゃあ、そうしよう。ため池づくりに注力できれば、村人の
ルダーの言う通り、オグマリー区への街道が整備されて行き来がしやすくなっても、村人には目に見えた恩恵は感じられないだろう。
実際、ゆくゆくはその恩恵に感謝するだろうが、すぐすぐ恩恵が得られるわけでもない。
一方、ため池ならこの荒地での耕作に有益なことが一目瞭然だ。
村人全員をこちらの作業に従事させ、僕がいい支配者であると思わせることができれば万々歳だろう。
村の西にそびえる山脈は帝国との国境となっている。
その山脈からハングリー区に流れる川は三筋。
一本は太い川だがズラカリー区へと流れる川で、ズラカリー区で使うためにハングリー区での取水制限があり、農業にはほとんど使えない。
後の二本は水量の乏しい川で、特にこの村へ引き込んでいる川は東隣りのヒロガリー区へ届く前に枯れてしまうほどである。
しかし、高い山脈は冬場かなりの積雪があるはずで、春になれば雪解け水が川に流れ込むはずなのだ。
実際、村人の話によれば、春にはヒロガリー区まで水が流れていくのだという。
ならば村の上流に大きなため池をこさえれば、春の雪解け水を夏場に使えるんじゃないか?
普通考えるよね?
問題は大土木工事になることだ。
ここらの地盤は水を抱えることができないことが、ぱっと見で判る。
日本同様、山脈の東側は雨が少ないようだし、雨が降っても大地が潤わないから作物が育たないんだ。
だから、大きな穴を掘っただけじゃあ水を貯められないだろうとルダーは言っていた。
そこで魔法の出番だ。
この数年、錬金術的研究をチャールズには課していた。
僕(と言うより主にルダー)の土の知識とチカマックの前世での魔法知識で土壌改良魔法を考えてもらっていた。
この世界の魔法は
鉄を金にはできないが、鉄を酸化鉄や鋼にすることはできるようだった。
なら、粘土層を作ったり水の染み込まない岩盤にしたりできるのじゃあないかしら?
と、無茶を聞いてもらったのだ。
まぁ、都合のいい魔法など完成はしていないんだけどね。
副産物というか、代わりに生まれたのがコンクリートだ。
コンクリートが作れるというならため池に水を貯められるじゃあないか!
となって、さらに僕の歴史オタクとしての疼きがローマンコンクリート開発へ向かわせた。
二十一世紀に使われていたコンクリートは経年劣化していくもので、寿命が長くても百年と言われていた。
しかし、古代ローマ帝国時代に利用されていたコンクリートは時が経てば経つほど強度が増したという。
そのため二十一世紀になってもあちこちでローマ時代の神殿遺跡などが残っていた。
余談だけど、街道整備に使う『コンダラ』はコンクリート製だ。
あれもこの研究の副産物だ。
さて、ローマンコンクリートの最大の問題は岩や砂利を骨材に、火山灰と石灰と海水を混ぜたモルタルを流し込んだものだったということだ。
そう、ローマンコンクリートを再現するためには大陸の真ん中に位置するこの場所で、海水を用意しなければならないことである。
まぁ、厳密に言えば地球の海水に含まれていたミネラルが必要だったんだ。
とまあ、そんなこんなで色々な成分を作り出したり抽出したりで、我が領内での化学知識が飛躍的に向上した。
これは近代化への大いなる進歩だ。
話がそれた感じだけど、なにが言いたいかといえば、ため池を作る準備はできていたってことだ。
翌日からルダーの指揮でため池造りが行われた。
将来を見越して場所を選び、測量して魔道具
土木作業用爆弾は
うわぁ……おっかねぇ。
「ワタシではこれが精一杯です、すいません」
「──とか、チャールズが謝っていたけど、どういうこと?」
って、ルダーに聞いたら、魔法使いの魔力量や練度によって火力が違うんだそうだ。
ちなみによくルダーが手伝ってもらっている魔法使いたちの威力は直径五、六シャル、深さ一シャルに届けばいい方だという。
「誰と比較しているんだ? チャールズ」
「もちろん、ラバナル師です。試射した際にこの倍ほどの穴を開けていました」
……あいつを怒らせるのはヤバいな。