第109話 月下の密会
文字数 2,047文字
話し合いが終わって移動した寝室は小さいながらも立派な個室。
ここは代官屋敷ということもあって、大小合わせて七つの客室を用意している。
個室が二つ、二人部屋が二つ、四人部屋が三つだ。
もう一つの個室は亡国のお姫様ということでサラにあてがわれている。
歯磨きなどをすませてそろそろ寝ようかとドアの鍵を閉めにいくと、ドアをノックする音がした。
無警戒にドアを開けると、そこには思い詰めた表情のサラが寝巻き姿で立っている。
「…………」
「……あー、どうぞ」
いろいろ考えられるシチュエーションな訳だけど、とりあえず廊下に立たせておくのだけはダメだろうと部屋に招き入れる。
サラは無言で部屋に入ってきたけれど、なにも言わずに立ち尽くしている。
…………。
さて、
(どうしたものかしらね?)
うるさいよ、リリム。
「とりあえず座りましょうか」
と、促してまだぬるいポットのお湯でルダー特製ハーブティーをいれる。
気分が落ち着く香りがするやつだ。
神経がたかぶって眠れないときに飲む用に用意されている。
ぬるいお湯でもそれなりに香りも出てるし、まぁいいだろう。
イスに腰掛けてうつむいているサラの前にティーカップを置く。
皿付きとは洒落ている。
まぁ、色もデザインも洗練されてはいないけど。
「ありがとうございます」
テーブルから手に取り一口、ホッと一息ついたのを確かめてから声をかける。
「眠れませんか?」
と。
まずは相手の意図を探らなきゃいけないからね。
いくつかの予想はたつけど、それを単刀直入に突きつけるのは不躾だし心証を悪くする。
これは一種の戦いだ。
僕はこの勝負にも勝たなきゃいけない。
「……はい」
うん、それじゃ話が続かないよ。
こっちから呼び水出さなきゃダメだと思って声をかけたのに。
僕はテーブルを挟んでイスに座り、子供を相手にするようにこう言った。
「一人では寝られなくなりましたか?」
掛詞 ってやつだ。
どっちでとったか観察しようと一挙手一投足に目を光らせていたけど、
「ゼニナルを出てからはしっかり寝られています」
と、答えが返ってきた。
そっちかぁ!
なかなか本題に入れないな。
「では、どんなご用件でしょうか?」
「……夕食後の話し合いの件です」
はい、でしょうね。
窓から差し込む月明かりに照らされたサラは成人前の少女ではあったけれど、グッと大人っぽく見える。
ちなみに来年成人の予定だったという。
クレタと同い年だな。
もう少しカマをかけてみるか。
「この村に残りたいのですか?」
少しいじわるだったかな?
「いえ、…………後宮の、件です」
「ああ、あの話ですか」
と、とりあえず言ってはみせたけど、判ってたー。
最初に会って彼女の身の上話を聞いた後、僕が庇護すると宣言した時にはその決意を固めてたでしょ?
互いの利害を考えれば、当然の結論だよね。
も、完璧な政略結婚だわ。
こちらとしても願ったり叶ったりなわけだけど、どう答えるのが最良だろうね?
「わ……わたしは」
「よろしいのですか?」
「え?」
「ご領主の令嬢として育てられていたのであれば、許嫁がいたのではありませんか?」
沈黙してうつむく。
そりゃいただろうね。
「……ネフェンダーラ様は父が討たれたあと、さる叔 爵 家のご令嬢と正式にご婚約なされたと聞き及んでおります」
あら、現金。
きっと親同士の政治決断だろうね。
「それに、わたしは一度もお会いしたことがありませんので、その……」
未練などない、と。
時代だねぇ。
前世の感覚が残っているんでモヤモヤするけど、これはこれでこの世界・この時代のルールだし、利用させてもらおう。
…………できれば、かわいいコだし好かれたいけどな。
「では、僕も天涯孤独の身の上ですし、互いに親族のしがらみがない訳ですから、今この場で正式に婚約ということでよろしいですか?」
「…………ふつつか者ですが、末長くよろしくお願いします」
と、声を震わせながら深く頭を下げる。
健気だね。
「そんなに緊張しないでください。とって食おうってわけじゃありませんから」
「食べないのですか?」
「……は?」
「あ、いえ、殿方は嫁にする女子を食うときいておりまして、その……」
誰だ、変なこと吹き込んだのは!?
「その『くう』ってどういう意味だか判ってます?」
「よくは判らないのですが、大事ななにかを奪われるのだとか……」
……まぁ、間違っちゃいないんだけど……。
「と、とりあえず、サラ様が成人の儀をすませるまではなにも致しませんからご安心を」
「は、はい」
あちゃあ、言葉の選択を間違えたか、表現がまずかったのか、肩に力が入っちゃったぞ。
「今日はもう部屋に戻っておやすみなさい」
「……そうします」
すっかり冷たくなってしまっただろうハーブティーを一息に飲み干して、サラは部屋を出て行った。
…………。
ふぅ。
「ようございましたね、お館様」
「オ、オギン!?」
いつからいた!?
「お館様の護衛が仕事ですから」
……優秀すぎるのも考えものだな。
ここは代官屋敷ということもあって、大小合わせて七つの客室を用意している。
個室が二つ、二人部屋が二つ、四人部屋が三つだ。
もう一つの個室は亡国のお姫様ということでサラにあてがわれている。
歯磨きなどをすませてそろそろ寝ようかとドアの鍵を閉めにいくと、ドアをノックする音がした。
無警戒にドアを開けると、そこには思い詰めた表情のサラが寝巻き姿で立っている。
「…………」
「……あー、どうぞ」
いろいろ考えられるシチュエーションな訳だけど、とりあえず廊下に立たせておくのだけはダメだろうと部屋に招き入れる。
サラは無言で部屋に入ってきたけれど、なにも言わずに立ち尽くしている。
…………。
さて、
(どうしたものかしらね?)
うるさいよ、リリム。
「とりあえず座りましょうか」
と、促してまだぬるいポットのお湯でルダー特製ハーブティーをいれる。
気分が落ち着く香りがするやつだ。
神経がたかぶって眠れないときに飲む用に用意されている。
ぬるいお湯でもそれなりに香りも出てるし、まぁいいだろう。
イスに腰掛けてうつむいているサラの前にティーカップを置く。
皿付きとは洒落ている。
まぁ、色もデザインも洗練されてはいないけど。
「ありがとうございます」
テーブルから手に取り一口、ホッと一息ついたのを確かめてから声をかける。
「眠れませんか?」
と。
まずは相手の意図を探らなきゃいけないからね。
いくつかの予想はたつけど、それを単刀直入に突きつけるのは不躾だし心証を悪くする。
これは一種の戦いだ。
僕はこの勝負にも勝たなきゃいけない。
「……はい」
うん、それじゃ話が続かないよ。
こっちから呼び水出さなきゃダメだと思って声をかけたのに。
僕はテーブルを挟んでイスに座り、子供を相手にするようにこう言った。
「一人では寝られなくなりましたか?」
どっちでとったか観察しようと一挙手一投足に目を光らせていたけど、
「ゼニナルを出てからはしっかり寝られています」
と、答えが返ってきた。
そっちかぁ!
なかなか本題に入れないな。
「では、どんなご用件でしょうか?」
「……夕食後の話し合いの件です」
はい、でしょうね。
窓から差し込む月明かりに照らされたサラは成人前の少女ではあったけれど、グッと大人っぽく見える。
ちなみに来年成人の予定だったという。
クレタと同い年だな。
もう少しカマをかけてみるか。
「この村に残りたいのですか?」
少しいじわるだったかな?
「いえ、…………後宮の、件です」
「ああ、あの話ですか」
と、とりあえず言ってはみせたけど、判ってたー。
最初に会って彼女の身の上話を聞いた後、僕が庇護すると宣言した時にはその決意を固めてたでしょ?
互いの利害を考えれば、当然の結論だよね。
も、完璧な政略結婚だわ。
こちらとしても願ったり叶ったりなわけだけど、どう答えるのが最良だろうね?
「わ……わたしは」
「よろしいのですか?」
「え?」
「ご領主の令嬢として育てられていたのであれば、許嫁がいたのではありませんか?」
沈黙してうつむく。
そりゃいただろうね。
「……ネフェンダーラ様は父が討たれたあと、さる
あら、現金。
きっと親同士の政治決断だろうね。
「それに、わたしは一度もお会いしたことがありませんので、その……」
未練などない、と。
時代だねぇ。
前世の感覚が残っているんでモヤモヤするけど、これはこれでこの世界・この時代のルールだし、利用させてもらおう。
…………できれば、かわいいコだし好かれたいけどな。
「では、僕も天涯孤独の身の上ですし、互いに親族のしがらみがない訳ですから、今この場で正式に婚約ということでよろしいですか?」
「…………ふつつか者ですが、末長くよろしくお願いします」
と、声を震わせながら深く頭を下げる。
健気だね。
「そんなに緊張しないでください。とって食おうってわけじゃありませんから」
「食べないのですか?」
「……は?」
「あ、いえ、殿方は嫁にする女子を食うときいておりまして、その……」
誰だ、変なこと吹き込んだのは!?
「その『くう』ってどういう意味だか判ってます?」
「よくは判らないのですが、大事ななにかを奪われるのだとか……」
……まぁ、間違っちゃいないんだけど……。
「と、とりあえず、サラ様が成人の儀をすませるまではなにも致しませんからご安心を」
「は、はい」
あちゃあ、言葉の選択を間違えたか、表現がまずかったのか、肩に力が入っちゃったぞ。
「今日はもう部屋に戻っておやすみなさい」
「……そうします」
すっかり冷たくなってしまっただろうハーブティーを一息に飲み干して、サラは部屋を出て行った。
…………。
ふぅ。
「ようございましたね、お館様」
「オ、オギン!?」
いつからいた!?
「お館様の護衛が仕事ですから」
……優秀すぎるのも考えものだな。