第333話 ジャン、領内巡見旅 1
文字数 2,587文字
春はあけぼの。
やうやう白くなりゆく山際……ホルスにまたがり旅に出る。
従者にはジョーに借り受けたスケさんとカクさん。
二人とも騎乗の人だ。
春の農繁期が一段落した頃合いを見計らっての視察旅は、各町の産業についてみて回る予定を立てている。
昼日向はぽかぽか陽気で眠くなる。
春眠暁を覚えず。
だな。
(それって、気持ちいいからお布団から出たくないって詩じゃなかったっけ?)
よく知っている異世界妖精だ。
正確には「春は心地いいから朝になっても気づかずなかなか目覚めない」である。
サイオウ領は衣食住が充実したことで劇的に治安がよくなっている。
さすがに夜に出歩くのは色々と危ないこともあるだろうが、昼日中の町中で犯罪が横行することはほとんどなくなった。
もっとも、農繁期を過ぎて手 空 きになった年嵩 の農民が昼から酒を呑んでいたりして「まだまだだなぁ……」なんて思ったりもするんだけど。
領内の産業は革命前なのでほとんど手工業である。
せいぜいが水車による製粉とか蒸気機関を利用した織機くらいが人の手を離れているくらいか。
そうそう、機織りが機械化されたことで生地の大量生産が可能となった。
可能となったことで、庶民も複数の服を持ち頻繁に着替えるようになった。
町の住人はTPOに合わせて服を着替えるというのが流行し、服装のデザインにバリエーションが増えている。
もちろん貴族と違って動きやすいことが前提だ。
そうなるとファッションはジョーの商会の独 擅 場 である。
前世知識のあるジョーは民族衣装から離れて機能性と見た目を按配した民衆に喜ばれる衣服を次から次へと発表してたちまち人気ブランドとなったのだ。
まぁ、クレタに言わせると「古臭い・ダサい」ということになるのだけれど、ここら辺はジェネレーションギャップってやつだな。
余談になるけど、クレタもファッションブランドを立ち上げたのだけれど、世間的には奇抜だと言われてあまり受けがよろしくない。
僕はクレタのブランドの方が好みだけど、この世界ではちょっと先取りが過ぎるんだろう。
生地もまだ大量生産品は平織りしか存在していないので、前世のような服を作るのは簡単じゃないというのはあるかもしれない。
ニット生地やパイル生地が大量生産できれば流行も変わるのかもしれないけどね。
メッシュのタンクトップとか、もこもこパジャマとか万能部屋着のスウェットとか子供達に水遊び用の伸縮性の高い水着とか作ってあげたいなぁ……。
(着せたいのはサラたちでしょうに)
(…………よくご存知で)
(お見通しよ)
オグマリー区は二つの山脈がぶつかる山あいの土地であるため開拓余地は極めて少ない代わりに僕の最初期の支配地だったから織物だったり紙漉き・炭焼きなど様々な産業が特産として定着している。
特に紙漉きは原材料栽培にも成功し山間部で水資源も豊富なことから高級和紙の領域まで極めた職人が何人かおり、公文書と教科書には彼らの漉いた紙が採用されている。
しかし、大量の炭と初期の紙漉きのために大量の森林伐採をしてしまったため、かなり山が荒れてしまい炭焼き職人はほとんどはオグマリー区へと移っていった。
今残っているのはバロ村で最初に炭焼きを専門職とした男の家族が周辺宿場町のために細々と焼いている程度。
しかし、これがまた臭いも少なく高火力で火持ちのいい最上級の炭で、我が家の煮炊きに使われていることから御用炭と呼ばれているそうだ。
いまや観光地となった一の宿二の宿は日本の温泉街のような異国情緒が人気で火鉢で提供される炭火は売りの一つだそうだ。
ちなみに館の暖は暖炉でとっているので、暖房としての木炭は趣味部屋の囲炉裏で冬場を過ごすときに使う程度である。
ときどき爆 ぜる音が囲炉裏端の風情を掻き立てて毎年大人の時間を堪能してる。
特産といえばルンカーもオグマリー区が最上との呼び声が高い。
王国では庶民がルンカーで家を建てるのは禁止されていたが、乱世においてそんなルールクソ喰らえってことで僕の領内ではルンカー造りの建物をむしろ奨励している。
特に野盗に焼かれて僕が天涯孤独となった最奥の 村はほとんどすべての家がルンカー造りだ。
サイオウ領全域を支配下に収めたことで安心して住める環境が整ったからか、久しぶりに戻ってきた生まれ故郷は小さな田舎の農村に戻っていた。
領内全域では増え続けている人口もこの村では横ばいのようだ。
仕事を求めてだったりで移住するものも多いのだとか。
仕方ないねぇ。
こんな文明水準でも……いや、こんな文明水準だからなおのこと移動できるならもっといいところに住みたいって思うんだろう。
特に今はあちこちの農地を開くための開拓者を募っている。
開拓の余地がほとんどないこの辺りから出て行こうとするものが多いのも理解できるってもんだ。
村を一通り視察した後は一の宿で骨休め。
この辺りはまだ朝晩少し肌寒いから熱い湯船と部屋に持ち込まれる火鉢がなによりのご馳走だった。
あまりにも宿が快適すぎてもう一泊したい衝動に後ろ髪引かれながら宿場を後にする。
グリフ族との交易拠点である四の宿は、来るたびに賑わいが増しているように感じるな。
「ご無沙汰しております」
宿場に着くと偶然にもケイロ・ボットがグリフ族のテリトリーから戻っていたのに出くわす。
「『春の表敬訪問』だったか?」
「はい。今年は農業指導も兼ねてルダー殿の配下に同行してもらっておりました」
「して、どうだ?」
「やはり北に位置した山腹です。寒くて作物が満足に育たないかもしれないと言っておりました。また、急な斜面であることから『棚田』を作るべきだろうと」
「棚田か……棚田を作るのは大変だぞ」
「土木作業は得意だとグリフ族の方々は言っておられましたが」
「土木作業はそうだろう。しかし、棚田にするには大量の石を積まなければなるまい?」
「そこはコンクリートやルンカーで代用できるかと」
「どのみち膨大な量が必要になる。ルンカーは領内の需要も満足には満たせていないようだし、グリフ族に回す余裕などあるのか?」
「そう言われますと、難しいでしょうな。やはり石ですか……」
「直接ルダーに訊いてみたらどうだ?」
「それが早いのでしょう。いや、ここでお館様にお会いできて僥倖でした」
色々と問題はあるもんだなぁ。
やうやう白くなりゆく山際……ホルスにまたがり旅に出る。
従者にはジョーに借り受けたスケさんとカクさん。
二人とも騎乗の人だ。
春の農繁期が一段落した頃合いを見計らっての視察旅は、各町の産業についてみて回る予定を立てている。
昼日向はぽかぽか陽気で眠くなる。
春眠暁を覚えず。
だな。
(それって、気持ちいいからお布団から出たくないって詩じゃなかったっけ?)
よく知っている異世界妖精だ。
正確には「春は心地いいから朝になっても気づかずなかなか目覚めない」である。
サイオウ領は衣食住が充実したことで劇的に治安がよくなっている。
さすがに夜に出歩くのは色々と危ないこともあるだろうが、昼日中の町中で犯罪が横行することはほとんどなくなった。
もっとも、農繁期を過ぎて
領内の産業は革命前なのでほとんど手工業である。
せいぜいが水車による製粉とか蒸気機関を利用した織機くらいが人の手を離れているくらいか。
そうそう、機織りが機械化されたことで生地の大量生産が可能となった。
可能となったことで、庶民も複数の服を持ち頻繁に着替えるようになった。
町の住人はTPOに合わせて服を着替えるというのが流行し、服装のデザインにバリエーションが増えている。
もちろん貴族と違って動きやすいことが前提だ。
そうなるとファッションはジョーの商会の
前世知識のあるジョーは民族衣装から離れて機能性と見た目を按配した民衆に喜ばれる衣服を次から次へと発表してたちまち人気ブランドとなったのだ。
まぁ、クレタに言わせると「古臭い・ダサい」ということになるのだけれど、ここら辺はジェネレーションギャップってやつだな。
余談になるけど、クレタもファッションブランドを立ち上げたのだけれど、世間的には奇抜だと言われてあまり受けがよろしくない。
僕はクレタのブランドの方が好みだけど、この世界ではちょっと先取りが過ぎるんだろう。
生地もまだ大量生産品は平織りしか存在していないので、前世のような服を作るのは簡単じゃないというのはあるかもしれない。
ニット生地やパイル生地が大量生産できれば流行も変わるのかもしれないけどね。
メッシュのタンクトップとか、もこもこパジャマとか万能部屋着のスウェットとか子供達に水遊び用の伸縮性の高い水着とか作ってあげたいなぁ……。
(着せたいのはサラたちでしょうに)
(…………よくご存知で)
(お見通しよ)
オグマリー区は二つの山脈がぶつかる山あいの土地であるため開拓余地は極めて少ない代わりに僕の最初期の支配地だったから織物だったり紙漉き・炭焼きなど様々な産業が特産として定着している。
特に紙漉きは原材料栽培にも成功し山間部で水資源も豊富なことから高級和紙の領域まで極めた職人が何人かおり、公文書と教科書には彼らの漉いた紙が採用されている。
しかし、大量の炭と初期の紙漉きのために大量の森林伐採をしてしまったため、かなり山が荒れてしまい炭焼き職人はほとんどはオグマリー区へと移っていった。
今残っているのはバロ村で最初に炭焼きを専門職とした男の家族が周辺宿場町のために細々と焼いている程度。
しかし、これがまた臭いも少なく高火力で火持ちのいい最上級の炭で、我が家の煮炊きに使われていることから御用炭と呼ばれているそうだ。
いまや観光地となった一の宿二の宿は日本の温泉街のような異国情緒が人気で火鉢で提供される炭火は売りの一つだそうだ。
ちなみに館の暖は暖炉でとっているので、暖房としての木炭は趣味部屋の囲炉裏で冬場を過ごすときに使う程度である。
ときどき
特産といえばルンカーもオグマリー区が最上との呼び声が高い。
王国では庶民がルンカーで家を建てるのは禁止されていたが、乱世においてそんなルールクソ喰らえってことで僕の領内ではルンカー造りの建物をむしろ奨励している。
特に野盗に焼かれて僕が天涯孤独となった
サイオウ領全域を支配下に収めたことで安心して住める環境が整ったからか、久しぶりに戻ってきた生まれ故郷は小さな田舎の農村に戻っていた。
領内全域では増え続けている人口もこの村では横ばいのようだ。
仕事を求めてだったりで移住するものも多いのだとか。
仕方ないねぇ。
こんな文明水準でも……いや、こんな文明水準だからなおのこと移動できるならもっといいところに住みたいって思うんだろう。
特に今はあちこちの農地を開くための開拓者を募っている。
開拓の余地がほとんどないこの辺りから出て行こうとするものが多いのも理解できるってもんだ。
村を一通り視察した後は一の宿で骨休め。
この辺りはまだ朝晩少し肌寒いから熱い湯船と部屋に持ち込まれる火鉢がなによりのご馳走だった。
あまりにも宿が快適すぎてもう一泊したい衝動に後ろ髪引かれながら宿場を後にする。
グリフ族との交易拠点である四の宿は、来るたびに賑わいが増しているように感じるな。
「ご無沙汰しております」
宿場に着くと偶然にもケイロ・ボットがグリフ族のテリトリーから戻っていたのに出くわす。
「『春の表敬訪問』だったか?」
「はい。今年は農業指導も兼ねてルダー殿の配下に同行してもらっておりました」
「して、どうだ?」
「やはり北に位置した山腹です。寒くて作物が満足に育たないかもしれないと言っておりました。また、急な斜面であることから『棚田』を作るべきだろうと」
「棚田か……棚田を作るのは大変だぞ」
「土木作業は得意だとグリフ族の方々は言っておられましたが」
「土木作業はそうだろう。しかし、棚田にするには大量の石を積まなければなるまい?」
「そこはコンクリートやルンカーで代用できるかと」
「どのみち膨大な量が必要になる。ルンカーは領内の需要も満足には満たせていないようだし、グリフ族に回す余裕などあるのか?」
「そう言われますと、難しいでしょうな。やはり石ですか……」
「直接ルダーに訊いてみたらどうだ?」
「それが早いのでしょう。いや、ここでお館様にお会いできて僥倖でした」
色々と問題はあるもんだなぁ。