第42話 村長、視察に繰り出す2 二つの窯場
文字数 2,420文字
ルダーと畑で別れてごはんを食べに戻ると、ザイーダが待っていた。
「食べながらにしよう」
ちなみにこの世界は文明水準が近代に届いていない。
王都など中央部は近世に手がかかっているかもしれないが、農村部は中世水準だ。
炊事に関していえばまず火を熾すのが一苦労だし、なにより潤沢とはいえない食糧事情もあるから朝と夕にしか作らない。
朝といっても作物によって作業のタイミングがあるから日の出とともに農作業をして一段落ついてからということが多い。
なので大体昼前だ。
晩飯は日が暮れる前に食べ終わるように逆算して準備する。
灯りは贅沢品なので日が沈むと後は寝る以外にできることがないって事情もある。
肉体労働が基本の農村部で一日二食ってのは力が入んないよなぁと思わなくもないんだけど、少なくとも現状致し方ない。
「で、彼らはどうだった?」
村長館 には一階の奥座敷に囲炉裏を切っていて常時火を絶やさない、前の小屋を踏襲した一角がある。
今、僕はそこでザイーダと二人きりであったかいスープを飲みながら密談中だ。
「お館様のいう通り、うちが見張っていた三人は村の中を興味深そうに見て回っているだけでしたが、オギンが尾行し ている男は時折三人と離れて細々 と見て回っておりました」
余談だけど、村長館に住むようになってからオギンとザイーダは僕のことを「お館様」と呼ぶようになった。
最近じゃ一緒にいることの多いイラードが村長とお館様が半々で、ルダーも面白がってお館様と呼ぶ。
ルダー、前世で大河ドラマとか好きだったクチだろ。
「どんなところを注目していたとか聞いているか?」
「塀の高さやキャラバンの倉庫、ジャリの鍛治などを行ったり来たりと」
「行ったり来たりね」
「行ったり来たりが問題ですか? うちとしては塀の高さや鍛治の方が重要だと思ったんですけど」
「行ったり来たりの方が問題だね。たぶんだけど、道順を覚えるために行ったり来たりしてるんだと思うよ」
「……なるほど。村の勝手が判れば道案内ができますもんね」
「最短コースとか障害になるものの見極めとか、そういうところを調べてるんじゃないかな?」
もっとも家は点在だから狭い路地があるわけでも行き止まりがあるわけでもない。
この場合の障害ってのはサビーとかガーブラみたいな戦える村人の見極めとか、女の物色じゃないかと踏んでるけどね。
「三人の方はいいや、例の男だけに注視してくれ」
「かしこまりました」
午後は村を出て炭焼き小屋と窯の視察をする。
同行者はガーブラ。
村では現在、農作業を免除されている専門職が四人いる。
一人はジャリ。
毎日毎日鉄を打っている。
最近は出来のいい鎌や包丁を打てるようになってきた。
研ぎの技術も上がっているみたいだ。
もっともルダーのお墨付きが出る鎌は二十本に一、二本だからまだまだ研鑽を積んでもらいたい。
でも、なかなかどうして優秀じゃない?
もう一人はルンカーづくりの責任者。
村の復興が一段落したので最近はルンカーの他に素焼きの器作りに挑戦してもらっている。
前の村でも壺 や甕 を作っていたっていうからお願いしたんだ。
皿や杯 は磁器がいいなんて贅沢な望みは前世持ちならではなんだろうか。
それに合わせて僕の前世知識とルダーの前世知識からルンカー窯のとなりに陶器用の窯を製作中だ。
もっとも僕がイメージしている陶器を作るためには釉薬が必要なんだけど、ここでは手に入らないから陶器製作はまだできないし、磁器に関してはネット知識だけじゃちょっと絶望的だ。
あとの二人は炭焼きだ。
だいぶん手慣れたようで、最近は良質な炭を生産してくれる。
黒炭だけじゃなく白炭も生産するようになった。
白炭は燃焼時間が長くて臭いも少ないから冬の暖房に向いてるんだ。
不用意に扱うと爆跳するのが玉に瑕。
ただし、冬の暖房としては村長館以外は暖炉で薪を使うことの方が多く、炭は村内の煮炊きと特産品の側面が強い。
炭焼きには副産物として木酢液と木タールができる。
木酢液は強い臭いと「酢」の字が示す通り酸性なので動物避けや害虫対策、殺菌などに使われていたと、ルダーが言っていた。
木酢液は蒸留するとメタノールになることだけが知識としてある。
どうやればいいかの知識がないとこが惜しいな。
メタノールが精製できればアルコールランプが作れるのに……。
木タールの方は記憶が確かなら(前世知識は転生ボーナスだから確かなんだけど)正露丸の主成分だ。
北欧ではその昔万能薬と呼ばれていたってサウナ関連の記事で読んだ。
もちろん、樹種で成分や効果が違うだろうし、こっちの木タールに同等の効用があるかは試してみないと判らないけどね。
視察の限り生産に関しては怖いくらい順調だ。
問題があるとすれば、生産が順調すぎて雑木林が荒れていることかな。
元々の村の生活に必要な木材を調達するために人の手を入れていた場所なんだけど、村の復興のための建築材伐採やルンカー、炭の大量生産に想定以上のペースで切り出したせいだ。
そのせいもあってかラバトやデヤールなども森の奥に入っていて、最近雑木林での狩りはさっぱりだ。
これはまずいってことで去年の秋から冬にかけて北の森で木材を調達したので、荒廃はだいぶん抑えられたけれどもしばらく雑木林からは枯れ枝の柴刈りくらいしかできそうにない。
雑木林の奥には森が広がっているんだけど、そこは「主」のテリトリーだ。
これ以上東側で雑木林は広げられない。
西の山には植物型怪物スクリトゥリがいて(定期的に怪物退治の演習をすることになってるけど)危険だしな……。
少し遠いけどやっぱり北の森の一部を雑木林にするか。
そんなことを考えながら視察を終えて村に戻ってくると、今度はオギンが僕を待っていた。
「お館様」
「問題か?」
「はい」
「旅人関連?」
「いえ、ジャスが建築中の物見櫓から落ちました」
な……なんだって──!!
「食べながらにしよう」
ちなみにこの世界は文明水準が近代に届いていない。
王都など中央部は近世に手がかかっているかもしれないが、農村部は中世水準だ。
炊事に関していえばまず火を熾すのが一苦労だし、なにより潤沢とはいえない食糧事情もあるから朝と夕にしか作らない。
朝といっても作物によって作業のタイミングがあるから日の出とともに農作業をして一段落ついてからということが多い。
なので大体昼前だ。
晩飯は日が暮れる前に食べ終わるように逆算して準備する。
灯りは贅沢品なので日が沈むと後は寝る以外にできることがないって事情もある。
肉体労働が基本の農村部で一日二食ってのは力が入んないよなぁと思わなくもないんだけど、少なくとも現状致し方ない。
「で、彼らはどうだった?」
今、僕はそこでザイーダと二人きりであったかいスープを飲みながら密談中だ。
「お館様のいう通り、うちが見張っていた三人は村の中を興味深そうに見て回っているだけでしたが、オギンが
余談だけど、村長館に住むようになってからオギンとザイーダは僕のことを「お館様」と呼ぶようになった。
最近じゃ一緒にいることの多いイラードが村長とお館様が半々で、ルダーも面白がってお館様と呼ぶ。
ルダー、前世で大河ドラマとか好きだったクチだろ。
「どんなところを注目していたとか聞いているか?」
「塀の高さやキャラバンの倉庫、ジャリの鍛治などを行ったり来たりと」
「行ったり来たりね」
「行ったり来たりが問題ですか? うちとしては塀の高さや鍛治の方が重要だと思ったんですけど」
「行ったり来たりの方が問題だね。たぶんだけど、道順を覚えるために行ったり来たりしてるんだと思うよ」
「……なるほど。村の勝手が判れば道案内ができますもんね」
「最短コースとか障害になるものの見極めとか、そういうところを調べてるんじゃないかな?」
もっとも家は点在だから狭い路地があるわけでも行き止まりがあるわけでもない。
この場合の障害ってのはサビーとかガーブラみたいな戦える村人の見極めとか、女の物色じゃないかと踏んでるけどね。
「三人の方はいいや、例の男だけに注視してくれ」
「かしこまりました」
午後は村を出て炭焼き小屋と窯の視察をする。
同行者はガーブラ。
村では現在、農作業を免除されている専門職が四人いる。
一人はジャリ。
毎日毎日鉄を打っている。
最近は出来のいい鎌や包丁を打てるようになってきた。
研ぎの技術も上がっているみたいだ。
もっともルダーのお墨付きが出る鎌は二十本に一、二本だからまだまだ研鑽を積んでもらいたい。
でも、なかなかどうして優秀じゃない?
もう一人はルンカーづくりの責任者。
村の復興が一段落したので最近はルンカーの他に素焼きの器作りに挑戦してもらっている。
前の村でも
皿や
それに合わせて僕の前世知識とルダーの前世知識からルンカー窯のとなりに陶器用の窯を製作中だ。
もっとも僕がイメージしている陶器を作るためには釉薬が必要なんだけど、ここでは手に入らないから陶器製作はまだできないし、磁器に関してはネット知識だけじゃちょっと絶望的だ。
あとの二人は炭焼きだ。
だいぶん手慣れたようで、最近は良質な炭を生産してくれる。
黒炭だけじゃなく白炭も生産するようになった。
白炭は燃焼時間が長くて臭いも少ないから冬の暖房に向いてるんだ。
不用意に扱うと爆跳するのが玉に瑕。
ただし、冬の暖房としては村長館以外は暖炉で薪を使うことの方が多く、炭は村内の煮炊きと特産品の側面が強い。
炭焼きには副産物として木酢液と木タールができる。
木酢液は強い臭いと「酢」の字が示す通り酸性なので動物避けや害虫対策、殺菌などに使われていたと、ルダーが言っていた。
木酢液は蒸留するとメタノールになることだけが知識としてある。
どうやればいいかの知識がないとこが惜しいな。
メタノールが精製できればアルコールランプが作れるのに……。
木タールの方は記憶が確かなら(前世知識は転生ボーナスだから確かなんだけど)正露丸の主成分だ。
北欧ではその昔万能薬と呼ばれていたってサウナ関連の記事で読んだ。
もちろん、樹種で成分や効果が違うだろうし、こっちの木タールに同等の効用があるかは試してみないと判らないけどね。
視察の限り生産に関しては怖いくらい順調だ。
問題があるとすれば、生産が順調すぎて雑木林が荒れていることかな。
元々の村の生活に必要な木材を調達するために人の手を入れていた場所なんだけど、村の復興のための建築材伐採やルンカー、炭の大量生産に想定以上のペースで切り出したせいだ。
そのせいもあってかラバトやデヤールなども森の奥に入っていて、最近雑木林での狩りはさっぱりだ。
これはまずいってことで去年の秋から冬にかけて北の森で木材を調達したので、荒廃はだいぶん抑えられたけれどもしばらく雑木林からは枯れ枝の柴刈りくらいしかできそうにない。
雑木林の奥には森が広がっているんだけど、そこは「主」のテリトリーだ。
これ以上東側で雑木林は広げられない。
西の山には植物型怪物スクリトゥリがいて(定期的に怪物退治の演習をすることになってるけど)危険だしな……。
少し遠いけどやっぱり北の森の一部を雑木林にするか。
そんなことを考えながら視察を終えて村に戻ってくると、今度はオギンが僕を待っていた。
「お館様」
「問題か?」
「はい」
「旅人関連?」
「いえ、ジャスが建築中の物見櫓から落ちました」
な……なんだって──!!