第179話 めんどくさいことは才能ある部下に任せる

文字数 2,256文字

 金棒とは鉄製の棍棒のことで、日本では特に金砕棒(かなさいぼう)(辞書によっては金撮棒・鉄尖棒などとの字が当てられる)と呼ばれる鬼が持つアレだ。
 形状を含めた知名度ほど文献上の使用例が多くないのは取り回しが難しいからだろうか?
 でも、グリフ族の(りょ)(りょく)なら普通に使えるでしょ。

「なるほど、金棒か。作ってくれるか?」

 む、そうくるか。

「材料となる鉄と炭さえあれば(ちゅう)(ぞう)はできるけど……」

 実際、大量生産できるほど鉄も炭も足りてない。

「鉄はなんとか用立てる。頼む」

「まあ、刀と違って鍛造(たんぞう)するわけじゃないから材料さえ揃えばある程度数も揃えられるとは思う」

 木炭は開拓の際に切り倒した大量の木がある。
 すでにハンジー町で炭焼き小屋が完成し、木炭を作り始めているはずだ。
 刀鍛冶の移転と合わせて鋳造職人を手配できなくもないだろう。
 政治決断として許可を出し、詳細は担当に投げて詰めてもらうことにした。
 がんばれチロー。
 こうして裸のトップ会談を済ませた僕は、早々に床につく。
 翌日、昼も遅くにケイロが戻ってきた。
 戻って早々で悪いなぁと思わなくもないのだけれど、こっちはこっちでそこそこ忙しい身なので、夕飯を兼ねた会議を行うことにした。

「まったくお館様は思いつきで次々と難題を押し付けてきますな」

 と、開口一番嫌味をぶつけてくるチロー。
 まぁ、そんなに不快ではない言い草だったけど、こんなんでも領主なんだからもうちょっとこう、なんかないのかね? 敬う気持ち的ななにかがさ。

「で、今回はどのような無理難題ですかな?」

 と、チローに被せてくるジョー。
 お前ら、僕をなんだと思ってるんだ。
 まぁ、ある意味無理難題だけどな。

「外交に出向いて欲しい」

「え? 外交……ですか?」

 と、鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔をするケイロ。
 この世界に鳩はいないけどな。

「ズラカルト男爵と交渉の余地なんかあるんですか?」

「そうですよ。体勢が整ったら攻め込もうとしている敵対勢力になにを話し合うというのですか?」

 ジョーが話に入ってこないあたり、僕の思惑を計りかねていると受け取っていいんだろうか?
 それとも僕の考えが読めている?

「ズラカルト男爵と交渉する気はないよ。私の方がずっと有利な状況だからね」

 そこでようやくジョーが発言をする。

「ズラカルトの奥……か」

「どういうことですか?」

 ケイロには理解できないようだ。
 当然か。
 ケイロはボット村で生まれ育った由緒正しき田舎もんである。
 僕に仕えるまでは村が唯一の世界だった。
 つまり、広がったとはいえ彼の世界はまだ僕の領内いっぱいでしかないんだろう。
 「村の外には隣村がある」くらいの認識でズラカルト領を捉えていても納得できる。

「ここがリフアカ王国最北の辺境地だってことは判っているよな?」

 ジョーが、会議室の黒板にざっくりとした地図を描いていく。

「ここが現在のジャン領、隣接しているのがズラカルト男爵領だ。男爵領の南は今、アシックサル()(しゃく)とドゥナガール(ちゅう)(しゃく)の領地が広がっている」

 王国は封建制なので貴族階級がある。
 王国から領地を(ほう)()されているのは(はく)(しゃく)(ちゅう)(しゃく)(しゅく)(しゃく)()(しゃく)(だん)(しゃく)の五爵位をもつ上流貴族だ。

「そのどちらかとよしみを通じるためにワシらを派遣したいと、こういうことですか?」

「そういうことだ」

「それをするとどんな益があるのでしょう?」

「『(とお)きに(まじ)わり(ちか)きに()む』遠交近攻だな」

 ジョーも三十六計を嗜んでいるようだ。

 その呟きを聞き取ってチローがポンと手を叩く。

「男爵領を攻める際、敵側戦力がすべて投入されたならいくら我が軍といえど勝ち負け五分とカイジョー殿がいっておられました。が、仮に半分ならずいぶん有利に運べましょう」

「全戦力で五分の勝負と見立てられているところから半分減ればまず負けることはないと考えてもいいですね」

 そんな簡単なものじゃないけど「戦は兵力ですな」は間違っちゃいない。
 戦で数は間違いなく重要な要素だ。

「で、俺たちに二つの領と同盟を結んでこい。と」

「いや、ドゥナガール仲爵とだけでいい」

「待て待て、普通はどちらとも同盟を結ぶだろ?」

「どちらとも同盟を結んでしまうと男爵領を獲ってもまた蓋がされてしまう」

「男爵を滅ぼしたら次はアシックサル季爵とことを構えるつもりなんですか?」

 そうだよ、チロー。

「ドゥナガール仲爵領は北をハッシュシ王国と接している国境の領土だ」

「アシックサル季爵領も西をブチーチン帝国と接しているが、山脈で分けられているから越境はまずないな。どっちを攻めるか聞かれたら俺でもそうする」

「ということで三人には是が非でも有効な同盟関係を締結してきて欲しい。外交ルートを確立することはその先の戦略にも関わる重要な案件だ。ゆめゆめ失敗は許されない」

「もうじき子供が産まれるっていうのに、お館様は魔族のようだ」

 これは日本なら「鬼のようだ」にあたる表現なのだろうな。
 すまん。

「全権委任か?」

 む。
 ジョーがずいと身を乗り出して詰めてくる。
 全権……か。
 相手は上から二番目の爵位持ち。
 こちらは配偶者こそ王位継承権を持つ王族の(すえ)ながら、下剋上で成り上がろうとしている王国貴族ですらない男。
 タフなネゴシエーションになるのは間違いない。
 あー、前世での大手企業への飛び込み、きつかったなぁ。
 そもそも僕は営業畑の人間じゃなかったのに、なんであの時一緒になって行かされたんだろう?
 あのとき、もう少し裁量があればなぁ……。

「隷属的な関係にさえならなければいい」

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