第218話 ヒロガリー区侵攻 5
文字数 2,295文字
夜の帷が降りた頃、僕はチカマックとキャラを天幕に呼び寄せ、簡易の軍議を開いた。
「キャラ、忍者部隊はどうなっている」
「はい、コチョウは昨日のうちに軍を追わせ次の町へ送りました。定時報告は来ておりますが、特筆すべきものはございません。明日にも敵軍に先行して町へ入れるかと」
「では、この町を逃げ出した軍は到着していない。と」
「当然でしょう。ヒロガリー区の街道では行程三日はかかります。昨日の今日で到着するとは思われません」
ああ、チカマックの言う通りだな。
「キキョウ隊はまだ町にいるのだったか?」
「いえ、同じく昨日のうちにコチョウとは別の町に派遣しています。これもうまくいけば明日中には町に潜り込めるかと」
さすがだね。
「そうか、では出立は二人の報告を待ってからとしよう」
これで少なくとも明日一日猶予ができた。
「二つの町について今判っていることはあるか?」
「コチョウの向かった町は人口二百八十人。三ヶ村を従えておりますが、ヒロガリー区内では最小の町です」
「もう一つの町は人口六百六十人。四ヶ村を束ねる町でヒロガリー区では珍しく他の町と離れた場所にございます。ハッシュシ王国との国境となっている山脈の麓にあって、領内唯一の鉱山の町ですな。坑夫などの荒くれ者どもを抑えるためかリゼルドと言うズラカルト領でも名の知れた武将が代官を務めております」
おっと、そうだった。
去年の関門の戦いの時になかなかな采配を奮っていた武将として聞かされていた中の一人だな。
僕が聞き知った武将としては以前戦ったことがあるバコード、ザバジュ、それにリゼルドか。
これにこの町から鮮やかに撤退したトゥウィンテル。ヒロガリー区の統轄をしているブドル・フォーク当たりが要注意人物だ。
この内ヒロガリー区にいるのはリゼルド、トゥウィンテル、ブドルの三人。
ブドルとは当面当たる予定はないけど、他の二人とは確実に戦うことになる。
「こちらから攻めている現状、町に篭ると言うのは無理だろうな」
「外征中ですからね。篭るにしたって兵糧が足りません」
外征のための兵糧は十分持ってきているけれど、さすがに町の住人の分まで賄うことはできない。
籠城なんかしたら持って十五日ってとこだろう。
「野戦をするならどこがいい?」
「私はオグマリー区のしがない官吏、他区の人物については聞き及んでも、地理までは」
「あたしもそっち方面はとんと」
うーむ……地の利のないところで野戦しなきゃいけないのか?
「お困りのようですね」
と、天幕から声が降ってきた。
「ヤッチシ」
「いつからいた?」
「鉱山の話をしている辺りからですかね」
「気づけなかった……」
キャラ、どんまい。
「お館様に人の手が足りなかろうってんでジョーの旦那から頼まれやしてね、追っ付けノーシとブローもやってきます」
それは願ってもない助太刀だ。
ヤッチシ・ホイルピンはジョーの懐刀の一人で、オギンでさえ一目置く忍びのエキスパートだ。
ノーシ・カーススとブロー・スッケサンもジョーのお供としてキャラバンを支える文武両道の頼れる家臣である。
「野戦場をお探しだそうで」
「いいところがあるか?」
「どんな条件をお望みで?」
「敵の兵種にもよるが、味方としては騎兵を十分生かせる地形がいいな。リゼルドのいる町とこの町の間で、小高い丘に陣を張れる場所があれば申し分ない」
「それでしたら明日にでもご案内致しましょう」
あるのか。
それは好都合だ。
「当初の予定ではリゼルドの町にはまだかまわない予定ではありませんでしたか?」
「確かにできるだけ刺激しない予定だった。ただ、あまりにも鮮やかに逃げられたのでな、一戦覚悟しなければならなくなっただけだ」
当初の予定では、一気に三つの町を制圧する計画だった。
その際、リゼルドのいる町へは警戒するだけでできれば隠密に情報を秘匿するつもりだったのだけど、どうもそれは無理そうだと思ってる。
あれだけ上手に逃げ出した相手が、ただただ次の町に向かうはずがない。
きっとなんらかの手を打っている。
その一つに別の町への報せがあると考えるのは、危機管理の観点から当然じゃないか。
…………。
ああ、危機管理というなら最初の町から代官をただ追い出したのがそもそもの間違いだったのかもしれない。
だめだな、軍記物でしか戦争を知らないのに自分の作戦が立派なものだと根拠もなく思っていた。
自分の指し手がどんな結果を生むか、将棋同様二手三手どころか数十手先を考えなきゃ。
よく考えないで不用意な手を打ってしまうといつの間にか形勢が逆転してしまうような事態になるってことを肝に銘じないと。
これは勝ち負けだけじゃなく、自分と自分に従っている兵たちの命に直接関わってくるのだから。
結果オーライで「俺、なんかやっちゃいました?」なんて幸運、いつまでも続くわけないからな。
(それはなにかの批判)
(え? 自戒だよ、自戒)
ということで、僕は翌日キャラとホーク組を引き連れてヤッチシの案内で小高い丘へホルスを走らせた。
丘は少々低いが陣を敷くのに十分な広さがあり、ホルスを駆け降らせるにはちょうどいい斜面だ。
背面する東側は半時間も移動すれば山脈の麓の森に到達するというし、所々にブッシュがある。
正面右手、方角で西南西には丘から目視できる距離にあまり川幅の広くない川が流れている。
地図によればあの川はオグマリー区から流れている川らしい。
川の向こうには森林。
「いかがですか?」
丘の上に立つ僕のそばに控えていたヤッチシが、訊いてくる。
「ここが一番条件がいいのだな?」
「へい」
「ではここに陣を敷こう」
「キャラ、忍者部隊はどうなっている」
「はい、コチョウは昨日のうちに軍を追わせ次の町へ送りました。定時報告は来ておりますが、特筆すべきものはございません。明日にも敵軍に先行して町へ入れるかと」
「では、この町を逃げ出した軍は到着していない。と」
「当然でしょう。ヒロガリー区の街道では行程三日はかかります。昨日の今日で到着するとは思われません」
ああ、チカマックの言う通りだな。
「キキョウ隊はまだ町にいるのだったか?」
「いえ、同じく昨日のうちにコチョウとは別の町に派遣しています。これもうまくいけば明日中には町に潜り込めるかと」
さすがだね。
「そうか、では出立は二人の報告を待ってからとしよう」
これで少なくとも明日一日猶予ができた。
「二つの町について今判っていることはあるか?」
「コチョウの向かった町は人口二百八十人。三ヶ村を従えておりますが、ヒロガリー区内では最小の町です」
「もう一つの町は人口六百六十人。四ヶ村を束ねる町でヒロガリー区では珍しく他の町と離れた場所にございます。ハッシュシ王国との国境となっている山脈の麓にあって、領内唯一の鉱山の町ですな。坑夫などの荒くれ者どもを抑えるためかリゼルドと言うズラカルト領でも名の知れた武将が代官を務めております」
おっと、そうだった。
去年の関門の戦いの時になかなかな采配を奮っていた武将として聞かされていた中の一人だな。
僕が聞き知った武将としては以前戦ったことがあるバコード、ザバジュ、それにリゼルドか。
これにこの町から鮮やかに撤退したトゥウィンテル。ヒロガリー区の統轄をしているブドル・フォーク当たりが要注意人物だ。
この内ヒロガリー区にいるのはリゼルド、トゥウィンテル、ブドルの三人。
ブドルとは当面当たる予定はないけど、他の二人とは確実に戦うことになる。
「こちらから攻めている現状、町に篭ると言うのは無理だろうな」
「外征中ですからね。篭るにしたって兵糧が足りません」
外征のための兵糧は十分持ってきているけれど、さすがに町の住人の分まで賄うことはできない。
籠城なんかしたら持って十五日ってとこだろう。
「野戦をするならどこがいい?」
「私はオグマリー区のしがない官吏、他区の人物については聞き及んでも、地理までは」
「あたしもそっち方面はとんと」
うーむ……地の利のないところで野戦しなきゃいけないのか?
「お困りのようですね」
と、天幕から声が降ってきた。
「ヤッチシ」
「いつからいた?」
「鉱山の話をしている辺りからですかね」
「気づけなかった……」
キャラ、どんまい。
「お館様に人の手が足りなかろうってんでジョーの旦那から頼まれやしてね、追っ付けノーシとブローもやってきます」
それは願ってもない助太刀だ。
ヤッチシ・ホイルピンはジョーの懐刀の一人で、オギンでさえ一目置く忍びのエキスパートだ。
ノーシ・カーススとブロー・スッケサンもジョーのお供としてキャラバンを支える文武両道の頼れる家臣である。
「野戦場をお探しだそうで」
「いいところがあるか?」
「どんな条件をお望みで?」
「敵の兵種にもよるが、味方としては騎兵を十分生かせる地形がいいな。リゼルドのいる町とこの町の間で、小高い丘に陣を張れる場所があれば申し分ない」
「それでしたら明日にでもご案内致しましょう」
あるのか。
それは好都合だ。
「当初の予定ではリゼルドの町にはまだかまわない予定ではありませんでしたか?」
「確かにできるだけ刺激しない予定だった。ただ、あまりにも鮮やかに逃げられたのでな、一戦覚悟しなければならなくなっただけだ」
当初の予定では、一気に三つの町を制圧する計画だった。
その際、リゼルドのいる町へは警戒するだけでできれば隠密に情報を秘匿するつもりだったのだけど、どうもそれは無理そうだと思ってる。
あれだけ上手に逃げ出した相手が、ただただ次の町に向かうはずがない。
きっとなんらかの手を打っている。
その一つに別の町への報せがあると考えるのは、危機管理の観点から当然じゃないか。
…………。
ああ、危機管理というなら最初の町から代官をただ追い出したのがそもそもの間違いだったのかもしれない。
だめだな、軍記物でしか戦争を知らないのに自分の作戦が立派なものだと根拠もなく思っていた。
自分の指し手がどんな結果を生むか、将棋同様二手三手どころか数十手先を考えなきゃ。
よく考えないで不用意な手を打ってしまうといつの間にか形勢が逆転してしまうような事態になるってことを肝に銘じないと。
これは勝ち負けだけじゃなく、自分と自分に従っている兵たちの命に直接関わってくるのだから。
結果オーライで「俺、なんかやっちゃいました?」なんて幸運、いつまでも続くわけないからな。
(それはなにかの批判)
(え? 自戒だよ、自戒)
ということで、僕は翌日キャラとホーク組を引き連れてヤッチシの案内で小高い丘へホルスを走らせた。
丘は少々低いが陣を敷くのに十分な広さがあり、ホルスを駆け降らせるにはちょうどいい斜面だ。
背面する東側は半時間も移動すれば山脈の麓の森に到達するというし、所々にブッシュがある。
正面右手、方角で西南西には丘から目視できる距離にあまり川幅の広くない川が流れている。
地図によればあの川はオグマリー区から流れている川らしい。
川の向こうには森林。
「いかがですか?」
丘の上に立つ僕のそばに控えていたヤッチシが、訊いてくる。
「ここが一番条件がいいのだな?」
「へい」
「ではここに陣を敷こう」