第226話 悩みの種は尽きまじ
文字数 2,491文字
評定の結果、当初の予定通りオクサをハングリー区代官として赴任させることになった。
オクサも元はオルバック家の騎士である。
オルバック夫人に対してはなにかしらの親愛の情があるだろう。
Jr.と違って先代は決して冷酷非情の人物ではなかった。
むしろ治世の統治者としてはそれなりに有能な人物だったと僕は評している。
出立に際し、夫人に関しては「任せる」と一任した。
どう始末をつけても不問だし、責任のいっさいを引き受けるつもりでいる。
代わりにルダーを呼び戻すよう伝えた。
盛夏を前にオグマリー区に戻ってきたルダーは謁見の間に古 兵 よろしく胡座をかいて平伏していた。
「武者鎧が似合いそうな風態になってきたな」
開口一番、そういうと。
「百姓着の方がいいなぁ」
と軽口を返してくる。
「なら、仕立ててやろう」
「仕立て方を知っているのか?」
「伊達に歴史オタクじゃあないぞ。ステテコ、股引 、猿股 もネットの知識でよければ型紙に起こせる。もっとも、縫えるかって言われるとそれは経験がない」
「俺は履く専門だったが、完成の形はよおっく覚えてる。問題ない」
異世界に和服文化導入しちゃう?
「ま、それは置いておくとして、どうだ? ハングリー区の様子は」
「とにかく人手が足りないな。三年くらい徴税を免除してやらなきゃ食うにも困る」
「今まではどうしていたんだ?」
「開拓民なんて方便で、はっきり言えばあの地区の領民は棄民だよ。一度町へも足を伸ばしてみたが、ガラの悪いのが多かったし優秀そうなのはいなかった。よくルビレルはあんな村を治めていたと感心するくらいさ。本当に惜しい人物を亡くした」
「……そうだな。秋の出兵までは城下で親子水入らずで過ごすといい」
「長い間出稼ぎみたいになっていたからな。ヘレンはよくできた女だが、母ちゃん孝行しとかないと頭が上がらなくなる」
「それとな」
「厄介ごとか?」
「まぁ、厄介といえば厄介ごとだな。常備兵力を増やしたい」
「俺は軍事の専門家じゃないぞ」
「戦国時代、日本の人口は諸説あるけど大体一千万から一千三百万人いたと言われている」
「農民が八割、だったか?」
「八割以上だ。武士は一割いなかったという」
「話が見えてこないんだが?」
「農林水産省の調査によると西暦二千年時点で農業就業人口が四百万人を切っている。食料自給率四割というのはいただけないが、一億三千万人のうちの四百万人だ」
「話が見えてきた。農民比率を減らしてその分兵士にしようってのか」
「この世界で輸入に頼ることはできないから、食料自給率を維持したまま農民比率を六割くらいにできないだろうかと」
一気にまくしたてたら、目をつむり腕組みをしてまんじりともしない。
僕は食い入るように見つめる。
ややしばらくあって
「減らせて一割」
と、低くつぶやく。
「そもそも農業に向かない奴ってのはいるもんだ。しかし、そんな奴らでも収穫の時には、それこそ猫の手も借りたいのが農繁期ってやつだ。そいうい奴らが必要なくなる程度の近代化ならなんとかなるかもしれない」
実際、春の畑起こしはホルスと蒸気アシスト馬鍬 で、収穫後の脱穀以降も千 把 扱 きや水車による粉挽きなどで、農業労働はだいぶん省略化されている。
しかし、種蒔きや収穫はまだまだ手作業で、雑草の駆除や間引きなども手作業だ。
日本の農業も近代化が一気に進んだのなんて戦後になってからのことで、それまではずっと人力、畜力頼りだったのだからこれはもうオーバーテクノロジーの領域だ。
ここを前世知識と現世技術で解決しようという無理難題である。
「まずは蒸気アシスト馬鍬を蒸気耕耘 機 に置き換えよう。そうだな。それは楽しそうだ」
「家族サービスも忘れるなよ」
「お、おお……」
すぐに忘れそうだな。
それからほどなくして、ヒロガリー区から飛行手紙が届いた。
内容は新規の採用試験の結果と魔法適正試験の結果報告だった。
魔法適性はともかく採用試験は散々な結果で、想定していたとはいえ暗澹たる思いを禁じ得ない。
(難しい言葉使ってるじゃない)
適切な表現だと思うよ。
それはともかく……
「コンドーはいるか」
「ここに」
コンドーも最近忍者みたいになってきたな。
「アンミリーヤを呼び出してくれ」
「かしこまりました」
すっかり執事ポジション確立してるな。
これでなかなか剣の腕も立つんだから超有能だよな。
剣の腕といえば、僕もようやく能力向上 魔法なしでルビンスと渡り合えるようになってきた。
二十歳頃は十本に一本だったのが三本に一本は取れるくらいになっている。
オルバックの三 剣 改めジャンの三剣と呼ばれる三人と同格ではと噂されはじめたサビーはハングリー区出兵から鎧を黒に染めていて、戦闘の苛烈さから「黒き稲妻」と呼ばれているらしい。
同じくハングリー区出兵から鮮やかな黄色に染め抜いた服を鎧の下に着込んでいるイラードが、内務大臣ということもあり「黄色い懐刀」、戦場で鮮血を浴びながら戦う姿からオグマリー市攻防戦以降「赤い暴風」の二つ名がついているガーブラと合わせて三銃士と呼ばれている。
ちなみになぜ銃士かといえば、論功行賞で魔道具単発銃 を下賜したからだ。
この魔道具、魔力がなくても発射できる鉄砲で、引き金を引くことで銃にチャージされた魔力が発動して一発だけ撃つことができる護身用の銃なのである。
論功行賞の時、四丁だけ完成していたので長年の功労の意味も込めて三人に渡したらそれをみんなが銃士、三人いるから三銃士と呼ぶようになったという経緯を持っている。
残りの一丁は僕の護身用だ。
ちなみに、今回のヒロガリー区攻略戦の論功行賞ではさらにカイジョーたち元傭兵十数人にも下賜している。
ズラカルト軍がいまだに弓と剣(なぜ槍じゃないのかはいまだに謎だ)の中世兵装だから僕の軍が小勢でも優位に戦えているわけだけど、いつまでも優位なままでいられるなんて思っていない。
僕らにできることは相手にもできるものだ。
特に手榴弾 は砦の町での市街戦でいくつか紛失しているという報告も上がっている。
自分たちに向けられるとしたら、厄介だよねぇ……。
オクサも元はオルバック家の騎士である。
オルバック夫人に対してはなにかしらの親愛の情があるだろう。
Jr.と違って先代は決して冷酷非情の人物ではなかった。
むしろ治世の統治者としてはそれなりに有能な人物だったと僕は評している。
出立に際し、夫人に関しては「任せる」と一任した。
どう始末をつけても不問だし、責任のいっさいを引き受けるつもりでいる。
代わりにルダーを呼び戻すよう伝えた。
盛夏を前にオグマリー区に戻ってきたルダーは謁見の間に
「武者鎧が似合いそうな風態になってきたな」
開口一番、そういうと。
「百姓着の方がいいなぁ」
と軽口を返してくる。
「なら、仕立ててやろう」
「仕立て方を知っているのか?」
「伊達に歴史オタクじゃあないぞ。ステテコ、
「俺は履く専門だったが、完成の形はよおっく覚えてる。問題ない」
異世界に和服文化導入しちゃう?
「ま、それは置いておくとして、どうだ? ハングリー区の様子は」
「とにかく人手が足りないな。三年くらい徴税を免除してやらなきゃ食うにも困る」
「今まではどうしていたんだ?」
「開拓民なんて方便で、はっきり言えばあの地区の領民は棄民だよ。一度町へも足を伸ばしてみたが、ガラの悪いのが多かったし優秀そうなのはいなかった。よくルビレルはあんな村を治めていたと感心するくらいさ。本当に惜しい人物を亡くした」
「……そうだな。秋の出兵までは城下で親子水入らずで過ごすといい」
「長い間出稼ぎみたいになっていたからな。ヘレンはよくできた女だが、母ちゃん孝行しとかないと頭が上がらなくなる」
「それとな」
「厄介ごとか?」
「まぁ、厄介といえば厄介ごとだな。常備兵力を増やしたい」
「俺は軍事の専門家じゃないぞ」
「戦国時代、日本の人口は諸説あるけど大体一千万から一千三百万人いたと言われている」
「農民が八割、だったか?」
「八割以上だ。武士は一割いなかったという」
「話が見えてこないんだが?」
「農林水産省の調査によると西暦二千年時点で農業就業人口が四百万人を切っている。食料自給率四割というのはいただけないが、一億三千万人のうちの四百万人だ」
「話が見えてきた。農民比率を減らしてその分兵士にしようってのか」
「この世界で輸入に頼ることはできないから、食料自給率を維持したまま農民比率を六割くらいにできないだろうかと」
一気にまくしたてたら、目をつむり腕組みをしてまんじりともしない。
僕は食い入るように見つめる。
ややしばらくあって
「減らせて一割」
と、低くつぶやく。
「そもそも農業に向かない奴ってのはいるもんだ。しかし、そんな奴らでも収穫の時には、それこそ猫の手も借りたいのが農繁期ってやつだ。そいうい奴らが必要なくなる程度の近代化ならなんとかなるかもしれない」
実際、春の畑起こしはホルスと蒸気アシスト
しかし、種蒔きや収穫はまだまだ手作業で、雑草の駆除や間引きなども手作業だ。
日本の農業も近代化が一気に進んだのなんて戦後になってからのことで、それまではずっと人力、畜力頼りだったのだからこれはもうオーバーテクノロジーの領域だ。
ここを前世知識と現世技術で解決しようという無理難題である。
「まずは蒸気アシスト馬鍬を蒸気
「家族サービスも忘れるなよ」
「お、おお……」
すぐに忘れそうだな。
それからほどなくして、ヒロガリー区から飛行手紙が届いた。
内容は新規の採用試験の結果と魔法適正試験の結果報告だった。
魔法適性はともかく採用試験は散々な結果で、想定していたとはいえ暗澹たる思いを禁じ得ない。
(難しい言葉使ってるじゃない)
適切な表現だと思うよ。
それはともかく……
「コンドーはいるか」
「ここに」
コンドーも最近忍者みたいになってきたな。
「アンミリーヤを呼び出してくれ」
「かしこまりました」
すっかり執事ポジション確立してるな。
これでなかなか剣の腕も立つんだから超有能だよな。
剣の腕といえば、僕もようやく
二十歳頃は十本に一本だったのが三本に一本は取れるくらいになっている。
オルバックの
同じくハングリー区出兵から鮮やかな黄色に染め抜いた服を鎧の下に着込んでいるイラードが、内務大臣ということもあり「黄色い懐刀」、戦場で鮮血を浴びながら戦う姿からオグマリー市攻防戦以降「赤い暴風」の二つ名がついているガーブラと合わせて三銃士と呼ばれている。
ちなみになぜ銃士かといえば、論功行賞で魔道具
この魔道具、魔力がなくても発射できる鉄砲で、引き金を引くことで銃にチャージされた魔力が発動して一発だけ撃つことができる護身用の銃なのである。
論功行賞の時、四丁だけ完成していたので長年の功労の意味も込めて三人に渡したらそれをみんなが銃士、三人いるから三銃士と呼ぶようになったという経緯を持っている。
残りの一丁は僕の護身用だ。
ちなみに、今回のヒロガリー区攻略戦の論功行賞ではさらにカイジョーたち元傭兵十数人にも下賜している。
ズラカルト軍がいまだに弓と剣(なぜ槍じゃないのかはいまだに謎だ)の中世兵装だから僕の軍が小勢でも優位に戦えているわけだけど、いつまでも優位なままでいられるなんて思っていない。
僕らにできることは相手にもできるものだ。
特に
自分たちに向けられるとしたら、厄介だよねぇ……。