第334話 ジャン、領内巡見旅 2

文字数 2,442文字

 僕はぐるりと反時計回りにサイオウ領を巡見することにしてハングリー区へと向かう。
 不毛の荒野だったハングリー区だがため池整備が進み、用水路を整備した畑は問題なく生育しているように見える。
 この冬入植したグリフ族の集落はまだ農業用の施設がなにも整備されていないので乾燥に強いポモイトが申し訳程度に植えられているくらいだけれど、住宅は次々に建てられていた。
 グリフ族の伝統的な家屋はドーム型のワンルームで本来は木の葉でぐるっと覆うらしいのだけど、ここでは水でこねた泥で覆われている。
 雨が少ない乾燥地であるハングリー区にはこれもありか。
 集落と畑に水を引くためのため池はすでに魔法使いによって大まかに掘られていて、現在は用水路の掘削が急ピッチで行われていた。
 さすがは鉱山労働のエキスパートグリフ族だ。
 来年には……いや、秋にもフレイラの栽培が始められそうな勢いで整備されている。
 いや、さすがに今年はため池に水を溜められないか。
 山脈から流れる雪解け水もあらかた流れきっているみたいだから、隣のため池から水を引いちゃったら隣村の水が枯渇する。
 ハングリー区ではこれといった問題もなく、僕らはズラカリー区へとホルスを向ける。

「やはり、あまり耕作地が増えてる感じはないな」

「領都があった区でしたから、耕作適地と見られる土地はあらかた開拓されておりましたからな。ルダー殿は商会長と『しょべるかー』なるものが完成すればもっと増やせるのにと、おっしゃっていましたが」

 ショベルカー……な。
 その前にブルドーザーじゃね?

「そういえばカクさんは最近よく商会長と話していたようだけど、なにかあったのか?」

「本当ならスケさんにも立ち会ってもらいたいとおっしゃっていたぞ」

「難しい話はどうも苦手でな」

「なんの話だ?」

「これはお館……失礼。若旦那に関係のない話でした。実は、お館様の領地が拡大したことに伴って我が主人(あるじ)がオウチ領とオッカメー領に拠点を作る計画を進めておりまして」

 なるほど。

「オッカメー領は少し待てと伝えておいてくれ」

「はて、なぜでございましょう?」

「一部地域を実効支配しているのは確かだが、オッカメー季爵の領地であるという体裁をとっているのでな。我が政商が拠点を作ってしまうと体裁が悪くなる」

「なるほど。それはドゥナガール仲爵との軋轢になりましょうな。早速今晩にでも飛行(エア)手紙(メール)で伝えておきましょう」

 ホルスに騎乗しての旅とはいえ、道中は長く春の陽気も手伝って眠くなることが度々あるので、取り留めもなく話をしながら道を行く。
 スケさんカクさんは領主である僕に気を使うだろうが多少は我慢してもらいたい。
 ズラカリー区では旧領都で区長のサイ・カークと意見交換のため二泊する。
 ま、雨が降ったのも出発を延期した理由だけど。

「最後に」

 と、サイが議題に挙げたのは野盗の件だった。
 どんなに取り締まっていてもあぶれものというのは一定数生まれてしまうものである。
 そのためにカシオペア隊や電撃隊などが領内を巡回警備してくれているので、被害は最小限で済んでいるはずなのだが……。

「被害の発生件数が激減している!?

「はい。気になったので先日町を訪れたカシオペア五番隊隊長のアーシカに訊ねたところ。彼も実感していたようで、カシオペア隊で調べてみるといってくれました」

「それはズラカリー区だけの話なのか?」

「さあ……他区には問い合わせていないので判りかねます」

「そうか、判った。この後ヒロガリー区をまわって館に帰るつもりでいるから、私の方でもルビンスに訊ねてみよう」

「被害がまったくなくなったわけではありませんし、先日も大商隊が襲われておりますのでお気をつけください」

「大商隊が、な……。気をつけよう」

 十分休息を取ったホルスは脚取り軽く街道を行く。
 舗装されているわけではないが道幅広く整備された街道は騎乗していても揺れが少なくとても快適だ。
 ところどころにある水たまりを器用に避けながら進むホルスはなかなか賢い。
 ヒロガリー区が近くなってくると土地がなだらかになってくる。
 サイオウ領の農業生産の中心地、ヒロガリー区は山がちなズラカリー区や山脈に囲まれたオグマリー区と違った風景が広がる大穀倉地帯なのだ。

「お館様」

 前方に集まる人混みにカクさんが声をかけてきた。
 事件だろうか?

「なにかあったのですか?」

 つつと僕の前に出たスケさんがホルスからおりて人混みの旅人に声をかける。

「ああ、臨時の関所ができていて渋滞しているんだよ」

 領内はオグマリー区の出口に設けた難関門以外の関所をすべて廃止している。
 これは日本の戦国時代、織田信長の施策を引用したものだ。
 もちろん他領への出入り口は砦があって向こうでもこっちでも臨検している。
 もっとも、僕の領では関銭は取ってない。
 半時間近く待って、僕たちの後ろにも列ができ始めたあたりで順番が回ってきた。
 検問していたのはカシオペアの四番隊隊長ペギーだった。
 彼女は僕に目を止めると殊更表情を険しくして見せ、天幕へ入れと促してくる。
 中に入ると休憩中の隊員たちが一斉に僕を見てきた。

「隊長、怪しいやつですか?」

「いや……そうだな、怪しいといえば怪しいかもしれない」

 おいおい……。

 ペギーはスケさんカクさんの身体検査を隊員に任せて、僕を一人で検査する。

「アーシカから連絡がありまして」

 と、目の前にいる僕でさえ聞き取るのが難しいほどの小声で語りかけてくる。
 例の野盗の件か。

「で? この物々しさはなんだ?」

()()(こう)()というやつで、カイジョーの指示です」

「これはなんだ?」

 と、大きな声を出して腰の脇差を抜き取った。

「護衛用の武器ですが、いけませんか?」

「あまり高そうなものを持っていると逆に狙われるぞ」

 そう注意した後、脇差を手渡しながら

「オギンの配下の忍者にも調査をさせています。館に戻る頃にはなにか掴めているに違いありません」

 と、囁いてきた。
 あいつら優秀だからな。
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