第173話 春の政策決定会議 1

文字数 2,423文字

 春になり、雪深かったバロ村までの道が通れるようになった頃、各代表者を招集しての会議が開かれた。
 集められたのは内務大臣のイラード、農林大臣ルダー、魔法科学大臣チカマック、教育大臣アンミリーヤ、厚生大臣クレタ、オグマリー町代官ルビレル、ハンジー町代官サイ、ゼニナル町代官オクサ、諜報部代表代行キャラ、軍事顧問のカイジョーとダイモンド、政商ジョー、それに書記官としてチャールズとチローの十三人と僕。
 代官が来られるようになったのは冬の間に役場の職員が仕事に慣れて機能し始めた証拠だ。
 会場は去年同様牧場の一角。
 去年よりだいぶ早い開催なので、今年は天幕を張って中で暖をとっている。
 会議は去年同様報告から始まった。
 一応、僕のところには事前に報告が上がっているけれど、こういうものは全員が把握していないとスムーズに議事進行ができないからね。
 まずはイラードからの収支報告。
 食料備蓄は潤沢で二千人規模の軍勢をひと冬遠征に出しても問題ないほどらしい。
 商人階級からの税金徴収も相まって富国政策は滞りなく行えそうだ。
 街道整備が完了したことも報告があった。
 街道警備にあたっている兵士たちからはとても好評だとカイジョーが補足してくれる。

「商人たちからもな」

 と、ジョーが付け加える。

「次」

「じゃあ俺が」

 と、立ち上がったのはルダー。
 二ヶ所のため池の造成と運用開始の報告。
 すでに池は雪解け水で満たされているらしい。
 次に伐採した木の一部を建材として乾燥させていること、残りのほとんどをバロ村から招聘した炭焼きに木炭にしてもらっていると話してくれた。
 バロ村で炭焼きをしていたのは最初二人だった。
 一人は所帯持ち、もう一人は独身だった。
 その後三人ほどが手伝うようになっている。
 その独身の男が弟子の二人と招聘に応じて旧第三中の村の外れに炭焼き小屋を建てて生産を始めたのだ。
 バロ村の炭焼きは家族と残った弟子とで引き続き生産している。
 バロ村産の炭は冬場雪に閉ざされてしまうバロ村と二つの宿場でのみ流通させ、それ以外の地域にはハンジー町で生産される炭が流通する運びだそうだ。
 これでバロ村周辺の林がハゲ散らかることはなくなったのかな?
 アンミリーヤからは木版印刷によって教科書を児童全員に配れるようになった感謝と、それによって飛躍的に教育効率が上がったことが報告された。

「教科書を作っていただいた上にお願いするには贅沢な要望なんですけど、子供たちに安価な文房具を提供していただけないかと……」

「それは後に議題として扱う」

「あ、そうですね。申し訳ありません」

 人前に慣れていない学者先生はやっぱり会議とか苦手なんだろうな。

「じゃあ、次は私からでいい?」

 と、引き継いだのはクレタ。
 出生率の向上と死亡率の低下による人口増加を報告してくれた。
 クレタが衛生観念を啓蒙してきたことで不衛生に由来する病気などが半分以下に減ったことが死亡率低下に大いに貢献しているようだ。
 それに政策として病気の治療と怪我の治療には身分の隔てなくあたるようにと布告している。
 とはいえ、医者だって魔法使いだって無料奉仕とはいかない。
 公地公民制策をとっていながら貨幣経済を導入しているというのは制度矛盾だという自覚はあるのだけれど、医療行為にはとかく金がかかる。
 一般の農民にはおいそれと出せる金額じゃなかったりするんだよな。
 そこで公共事業(農作業も含む)での怪我に限って全額国庫負担している。
 しかし、それをいいことにずいぶんとふっかけてくる悪徳な医者が報告されているから、たぶん今回の会議でその対策が話し合われるだろう。
 その後、各町の代官たちがそれぞれの街の現状を報告してくれた。

「現状報告は以上か?」

「あのぅ……」

 おずおずとチローが手を挙げた。

「グリフ族との交易の件が報告にありませんが……」

 …………!?

 おお、すっかり忘れてた。

「誰か報告できるものは?」

 僕が聞いても誰も答えるものがいない。

「ジョー」

「お館様の専売扱いですからな。()は把握していませんよ」

 普段「俺」って言ってるジョーだけど、場に合わせて「私」という一人称を使っているようだ。
 それはともかく、これはまずい。

「そうか、担当者を決めていなかったようだ」

 うん、取引については公文書があるから確認すること自体はできるだろうけど、このままでいいはずがない。
 早急に担当者をいや、担当大臣を決めなきゃ。

「オクサ」

「はっ」

「ケイロは交渉ごとに長けているのだったな?」

「確かに。しかし、かのものの経歴を考えるにいきなりそのような重職につけるのはいかがなものかと……」

 うーん……それは経験値的な意味なのか出自に対する差別意識なのか、はたまた有能な部下を手放すことへの抵抗か?

「他に適切な者はいるか?」

 と、場を見回して問うてみた。
 誰もが首を傾げるばかり。
 こりゃ困った。
 ん?
 一人だけ首を傾げていない奴がいる。

 …………。

 ははぁん、確かに自薦はしにくいよな。
 適任と言えば適任だ。
 だからこそ如才なく手を挙げずにいるんだろう。
 抜け目ない。
 実際、チローの才能はそばに置いて重宝してきた僕が一番よく知っている。
 ただ、チローにはケイロ以上に実績がないしな。

(どうする?)

 僕は表情を崩すことなく念話でリリムに問いかける。

(領主なんだし、好きにしたら?)

(や、確かにそうなんだけどさ、どっちにしようかね?)

(知らないわよ、そんなの。いっそのこと二人とも大臣にしたら?)

 それもいいか。

「……判った。では、ケイロを外務大臣に抜擢し、その補佐としてチローを通商大臣に任命する」

「ありがたき幸せ! 不肖チロー身命を賭して任にあたりまする!!

 僕が宣言した直後、何人かの表情が変わり、異論でも唱えようとしただろう刹那に円卓に額をこすりつけて叫んだチローに名前のよく似たあの歴史上の有名人的なあざとさを見たよ。
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