第211話 年末評定 1

文字数 2,498文字

 雪解け間近の

(北の空に……)

 歌うんじゃありません。
 だいたい、なんでリリムが知ってるんですか?

 ごほん。
 雪解け間近の天気のいい日、評定の間で会議が開かれた。

(そこは評定が開かれた……じゃないの?)

(うん、まぁそうだね)

 参加したのは僕と内務大臣イラード、厚生大臣クレタ、通商大臣チロー、教育大臣アンミリーヤ、魔法科学大臣チカマック、(しのび)(がしら)代理キャラと政商ジョー。
 農林大臣のルダーはハングリー区に居続け、外務大臣ケイロは特使としてドゥナガール仲爵のところに派遣しているので欠席だ。
 もっとも、ちゃんと報告は受けている。

「では、教育分野から聞いていこうか」

「はい。義務教育は順調に行われています。今や領内には子供に教育を受けさせない親はいません」

 相変わらず痩せすぎなきらいがあるけど、骨張った感じがなくなって美人度が増したアンミリーヤの報告は、すこぶる順調そうに聞こえる。

「本年改定した初等教育用の手習帳は評判がよく、しばらくはこのまま使い続けようかと思います」

「高等教育の件はどうなった?」

 現在、読み書きを中心に税と貨幣経済の仕組みを教えつつ算盤(そろばん)(算術)と()(りょう)(こう)(計算単位)を五歳から十歳までに教えることを初等教育、十一歳から成人年齢の十五歳までは農業知識と兵役訓練を必修に、職業体験を選択科目にして高等教育としている。
 この高等教育を中等教育に格下げして、より専門的な学術研究をする高等教育機関を設置する計画を進めているのだ。

「なにぶん、学術研究などと大雑把に括られますと選定が難しく……」

 ああ、そうだな。

「分野は好きに研究させてやれ」

「それでは働きたくないものまで殺到しませんか?」

 チカマックの危惧も判らないではないな。
 てか、チカマックの前世世界にも()()()()()大学進学って発想があったのかも。

「学力で(ふるい)に落とせばよい。研究する学者になろうと言うのだ。そうだな、文官採用試験と同等以上の学力を持った者のみ進学を許すと言うのはどうだ?」

 最初の採用試験は正答率七割以上だったけれど、教育の浸透で民の学力水準が上がり、問題難度をもう少し上げ、さらに正答率七割五分以上と合格基準も引き上げている。

「ああ、それならよろしいかと……あ、いや、正答率八割以上にしましょう。学を究めると言うのですから」

 ……厳しいね。
 ま、限りある公費で研究させるんだから仕方ないか。

「大学はどこに設置しますか?」

 初等教育は小学、中等教育は中学、これから作る高等教育は大学と呼び分けることになっている。
 小学中学は義務教育だから子供たちの通える範囲に設けているけど、大学は専門施設としてどこかに大きく構えた方がいいという議論はされてきた。

「城下がよいのではないのか?」

 とは、イラードの意見だ。

「私も賛成。一箇所に集めた方が研究効率も高い。なにより研究成果をお館様のもとに集めれば、行政の効率化にもつながるもの」

 クレタの場合、自分も色々研究したいからだろ。
 クレタは大臣として城下に居を構えることが義務付けられているからな。

「広い土地が必要になりますな」

 と、チローがそろばんを弾いてるいているようだ。

「少なくともズラカルト男爵領はすべて手中に収める気でおいでだと伺っておりますが……」

 やおらにジョーが訊ねてくる。

「お館様はどこまで領土を拡げつおつもりか?」

「それはジョー殿もご存知のはずですが?」

 チローはジョーと一緒にドゥナガール仲爵との同盟締結に派遣されている。
 その際、男爵の次はアシックサル季爵とことを構える計画を伝えているからそれを言っているのだろう。

「王国の情勢次第だが、領土は切り取れるだけ切り取りたい欲がある」

「では、()()()大学はご城下でよろしいかと」

 そう言うことか。
 目指している最大版図がズラカルト男爵領とアシックサル季爵領だけだと言うならここに作らない方がいいだろ? ってことなんだな。
 学術研究は結構な予算が必要だ。
 ものによってはまったく成果の上がらないものもあるだろう。
 維持管理の運転(ランニング)資金(コスト)は将来頭の痛い問題になるに違いない。
 だからいくつも作るのは正直厳しい。
 ここに居を構えたものの、僕はここを終生の拠点にする気がない。
 織田信長方式で常にある程度最前線に近い場所に拠点を移していく計画だ。
 ジョーは同郷の前世持ちとして感じ取ったから「一緒に大学も移していくのか?」と訊ねたんじゃないかな?

「では、ジャスに頼んで城下に大学を建設してもらいましょう」

 と、イラードが締める。

「次は通商関連でよろしいですか?」

「いいだろう。チロー」

「はい、グリフ族との交易はすこぶる順調です。この夏、ついにグフリ族との数年来の戦争に勝利したそうで、武器輸出は激減した代わりにあちらの特産品が安定供給されています」

「とすると、フレイラの取引が急増したんじゃないのか?」

 フレイラはグリフ族との交易の通貨代わりに利用されている。

「最近はこちらからの輸出品目も増えておりましてフレイラ本位制は変わらないのですが、フレイラそのもので取引が行われることも少なくなっております。全体の出荷量は取引開始の頃と同等程度ですね」

 それなら兵糧問題も大丈夫そうだな。

「ドゥナガール仲爵との同盟は昨年締結しましたが、先年の約束通りこの春より執行されます」

「しかし、本当によかったのですか? ずいぶんと魔道具の技術提供をさせられましたが」

 イラードの言う通り、同盟締結の条件としてこちらからいくつかの魔法の技術提供をした。
 ラバナルたちが開発した生活魔道具着火機(ライター)照明(ライト)、それらのバッテリーに当たる魔力を宝石に込める技術を見せびらかしてこれを提供したのである。
 戦闘用魔法や魔道具の噂は、それによって何度も大敗した男爵経由でドゥナガール仲爵にも漏れていた可能性はあるのだけれど、目の前で超便利な生活魔道具を見せられたことで、それを要求させられたんだろう。
 これはジョー一流の駆け引きのなせる技に違いない。
 どんな交渉をしたのか見てみたかったな。
 同行したチローとケイロは生きた心地がしなかったと述懐していたけどな。
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