第272話 快刀乱麻を断つ

文字数 2,235文字

 まずは不正の証拠を抑えるためにカクドーシとリンテンにスケさんとハッチを護衛につけて庁舎の中へ送り出す。
 次にライトルーパ宛の手紙を認めてビートに預け新庁舎へ遣いにやる。
 僕自身はカクさん一人供に連れ、これ見よがしにエーイチゴー屋の前を通りながらカクドーシ親娘が旧庁舎に乗り込んでいったと噂を流すと、物陰から様子をうかがう。
 案に違わず、用心棒たちがこぞって旧庁舎に走って行った。
 よし、役者は揃ったぞ。
 僕も急いで庁舎へ向かう。
 現場に着くとちょうどカクドーシがソーリコミットとエーイチゴー屋ディーコックに不正の証拠を突きつけているところだった。

「これが動かぬ証拠だ」

「ぐぬぬ、どこに隠してあったんだ」

「もう逃げられないぞソーリコミット。観念しろ!」

「そんな戯言、誰が聞くものか。ええい、であえであえ」

 と、ソーリコミットが呼ばわるとゾロゾロと衛兵や子飼いの騎士たちが集まってくる。
 ディーコックの用心棒たちも間に合ったようだ。

「この町はワタシの町だ。ワタシの一存でなんでも思いのままなのだ。娘は惜しいが仕方ない。斬れ、斬って捨てよ」

 ここが出番だ。

「そうはいかん」

 鋭くそう言ってみんなの前に姿を現すと、視線が一斉に僕に集まる。

「ソーリコミット。言ったはずだぞ、『不正な輩は貴族だろうと容赦なく切り捨てるから肝に銘じておけ』とな」

「なんだと、若造。町の代官ソーリコミット様になんたる無礼な物言いだ」

 と、ディーコックが権力を笠に着て威張り散らしてくる。
 それを無視して真っ直ぐソーリコミットを睨みつけ、一度言ってみたかったあのセリフを言い放ってやる。

「ソーリコミット。余の顔を見忘れたか?」

 記憶をたぐるような表情から一気に顔を蒼ざめさせたかと思うと二、三歩後ろにたたらを踏む。

「ソーリコミット様?」

 と、訝しげに顔を覗き込むディーコック。

「お、お館様……」

 と、絞り出すように吐いた言葉にディーコックも顔面蒼白で脂汗まで額に浮かべる様はちょっと滑稽だ。

(これが世にいう「ざまぁ」ってやつね)

 とか、リリムが耳元で言うけど、ざまぁって「ざまぁみろ」のざまぁで合ってるのかな?
 しばらくわなわなと震えていたソーリコミットだったけど、さすがは悪党というか、窮鼠猫を噛むなのか

「ええ、こんなところにお館様がふらりと現れるものか。こやつはお館様を騙る偽物だ! こやつらまとめて斬り捨てぃ!!」

 とか、清々しいまでの悪代官ムーブかましてきた。

「仕方ない。スケさん、カクさん。遠慮はいりません」

「はっ!」

 短く返事をすると、腰の短剣を抜き放つ。

「町人風情に舐められるな。やってしまえ」

 と、没落貴族の用心棒どもに命令しているディーコックも町人なんじゃないかなぁ? とか、余計なことを考えていたら斬り合いが始まっていたらしく危うく斬り殺されるところだった。
 すんでのところでまたもやヤッチシに助けられる。

「お館様、ご無事ですか?」

「ああ、すまない」

 この二年、領内は大きな争いごともなく、安定していたからちょっと平和ボケしてたかもしれない。
 大きく深呼吸をして向かってくる用心棒の一人に当身を食らわしてその手から剣を奪うと、その男を袈裟斬りに斬り伏せる。
 まったく、ずいぶん弱いじゃあないか。
 この町じゃこんな力量で用心棒が勤まるのか?
 オグマリー区じゃ十五の少年だってもっと強いぞ。
 三人ほど討ち倒して味方の様子を伺うと、スケさんもカクさんも某TV時代劇の御庭番もびっくりの容赦なさで大立ち回りを繰り広げていたし、普段は頼りなく見えるハッチでさえカクドーシ親娘をきっちり守って敵を撃退している。
 あらかた斬り倒し、残るは今回の黒幕であるソーリコミットとディーコックだけになったようだ。

「スケさん、カクさん。成敗!」

 下知をくだすと二人とも無言で斬りかかり、抵抗もさせずに横一閃からの真っ向唐竹割りで始末する。
 やりすぎたかな?
 と、ちょっと後悔しかけていたところにライトルーパが手勢を引き連れてやってきた。

「これはまた、派手なお始末ですな」

 が第一声だ。

「カクドーシ」

「お館様とはつゆ知らず、ご無礼仕りました」

 と、片膝ついて頭を下げる。

「なに、忍びの旅だ。気にするな。それより、そなたが調べ上げたという不正の証拠をこれへ」

 そう命じると、大事に抱えていた巻き物を恭しく捧げ持つ。
 ライトルーパに目配せすると、心得たもので黙ってそれを受け取ってその場でサッと眼を通す。

「なるほど、これがあれば反お館派を一掃できます。して、この者は?」

「カクドーシ・フーセイ。リゼルドが信頼していた文吏だったそうだ」

「そのような有為の人材を遊ばせておくわけにはいきませんな」

「うむ、然るべき役職で採り上げるよう取り計らってくれ」

 それを父の隣で聞いていたリンテンが、父の手を取って喜ぶ姿をしばらく微笑ましく眺めていると、旅のお供が全員集合だ。
 さて、じゃあそろそろ宿に戻りますかね。

「ライトルーパ。あとは任せた。それと……明日、新庁舎に寄るからよろしく伝えておいてくれ」

「かしこまりました」

 頭を下げるライトルーパの前から去ろうとすると、リンテンが

「若旦那」

 と、声をかけてくるのをカクドーシが慌てて訂正する。

「これ、若旦那ではない。ご領主、お館様だぞ」

「よいよい。なんだ?」

 と、改めて訊ねると、涙で潤んだ瞳を向けてこう言う。

「ありがとうございました。このご恩は一生忘れません」

 嬉しい言葉だ。
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