第182話 とかく歳をとるとアップデートが難しくなる
文字数 2,201文字
視察団一行は粛々と街道を進む。
オグマリー町へ続く道の両脇は集落周辺で大きく切り拓かれている。
もちろん重機のない開墾作業は簡単ではないし、開拓作業を始めたのは春の農繁期を終えてからの二、三ヶ月、切り倒した大木は街道脇に放置しているし切り株はそのままだ。
そんな旧第一中の村集落から旧第二中の村集落へと伸びる街道脇の現場指揮をする男のキビキビとした姿に目が止まる。
「あれは……」
見覚えがあるぞと大きな声で呼ばわってみる。
声に気づいた男が小走りで近づいてきた。
「これは。その節はありがとうございました」
と、頭を下げてくる。
相手の方でも僕のことを覚えていると言うことは僕の記憶は間違っていないってことだ。
「お代官様にとりなしていただけたおかげで再試験を受けることができ、このように現場の指揮監督権をいただけました」
「それは謙遜だ。あの試験は実力のないものを篩 にかけるもの。それを合格したのだから誇っていい。ところで、今はどんな仕事を?」
「はい、今は出向でルダー様の開拓事業を手伝っております」
あ。
じゃ、ルダーの言っていた飛び抜けて優秀な男ってこいつか。
これはルダーには悪いけど僕が引き抜かせてもらおう。
最初に目をつけたのは僕だしね。
…………。
今すぐ引き抜きたいけど、引き継ぎさせなきゃ開拓事業が混乱するか……。
仕方ない。
「コンドーだったか?」
「はい。コンドー・ノレマソです」
「では、またいずれ」
「あ、あなた様はいったい……」
と言う言葉を後ろに僕ら一行は先を急ぐ。
オグマリーの三つの農業集落はほとんど変化はなかった。
オグマリーの代官を務めているルビレルはどうやら城塞都市だった旧オグマリー市の内城壁解体と関所を優先したらしい。
城壁解体で市街地は土地に余裕が生まれ、城壁跡地にいくつかの新しい建物が立っていた。
「これはお館様。奥方様もご健勝のようで」
出迎えたルビレルが案内してくれたのは、そんな新規建造物の一つだった。
ルビレル曰く新しい領主館だという。
「今のところ移り住む気はないぞ」
「最奥の村に引きこもっているおつもりですか?」
「いつまでも引きこもっているつもりはない。が、今はまだ予定にない」
「……左様でございますか。ご視察のご予定ですが、なにをお見せすればよろしいのでしょうか?」
この町で見たい場所はいくつかあるけど、まずは……。
「今日は休んで明日一番で砦の建設現場を視察しようと思う。明後日以降は町の施設を巡り、翌日から数日町の周囲の山野を巡りたい」
「山野を……ですか?」
「ああ、開拓の進んでいるハンジー町は周辺の地図も更新されていたが、ここはズラカルト領だった頃の地図のままだろう?」
「地形が大きく変わることはありませんが」
そうじゃないんだよなぁ。
この辺はやっぱり古い世代ってことなんだろうか?
「ルダーによって測量技術が更新されているのは知っているか?」
「あ、いえ。新しい技術などと言うものがあるのですか?」
「あるぞ。それに度量衡の統一をしただろう?」
「はい。スンブとシャッケンをお館様の手 腕 の長さを基準に固定いたしました……そうか、書き込まれている数字が変わってきますね」
「測量自体は後で技官に任せるとして、ここは対ズラカルトの最前線だ。周辺の地形は戦術の観点からも知っていなければならないだろう」
「それならワシが存じ上げております。なにせここはワシの生まれ故郷ですからな」
「どこまで知っている?」
「周囲六カルくらいまでなら」
「十カルだ」
「は?」
「最低でも周囲十カルは欲しい。欲を言えば四十カルの情報が欲しい。」
「ずいぶんと広範囲ですな。そこまで森の奥へ入るとなると怪物 との遭遇率も高まります」
「そのモンスターだが、種類や生息数はつかめていないよな」
「狩人の話では、よく見かけるのはトゥラウラとクチャマチュリまれにグラーズラを見かけると言うことでしたが、町から五カル半以内での遭遇事例は移動中のクチャマチュリくらい。繁殖期に集まる習性のあるクチャマチュリが過去に一度に五十個体以上確認されたことがあるので数百体はいるでしょう。トゥラウラ同士は二カル以内にはいないそうですからお館様の示した範囲内だと百までいないと思われます。グラーズラはどうでしょう?」
トゥラウラとクチャマチュリは植物系モンスター、グラーズラは動物系。
凶暴なグラーズラはともかく植物系の二種は成人男性なら戦って勝てない相手じゃない。
「そういったことも含め、周辺調査がしたいんだ」
「……かしこまりました。当日までに護衛の人選を済ませておきます」
「すまんな」
ルビレルは一礼をすると帰っていった。
……人間、なかなか判り合えないもんだな。
特にまったく違う環境で育っていると知識や思考のロジックが別物で理解できないことがある。
本当はじっくり話し合うべきなんだろうけど話し合ったからってギャップが埋まるとも限らないし、逆に意見対立で関係が修復できないほどになる危険もある。
幸い今、僕は領主という立場で決定権を持ち、ルビレルは騎士としての分別ができている。
(けど……)
(心配?)
(ああ、転生者の僕にしてみりゃ十世代以上はジェネレーションギャップがあるからさ。ルビレルにしてみれば、僕の考えていることが全然判らないんだろうなぁ……って)
(同世代だって判り合えないことは多いわ)
(……そうだね)
オグマリー町へ続く道の両脇は集落周辺で大きく切り拓かれている。
もちろん重機のない開墾作業は簡単ではないし、開拓作業を始めたのは春の農繁期を終えてからの二、三ヶ月、切り倒した大木は街道脇に放置しているし切り株はそのままだ。
そんな旧第一中の村集落から旧第二中の村集落へと伸びる街道脇の現場指揮をする男のキビキビとした姿に目が止まる。
「あれは……」
見覚えがあるぞと大きな声で呼ばわってみる。
声に気づいた男が小走りで近づいてきた。
「これは。その節はありがとうございました」
と、頭を下げてくる。
相手の方でも僕のことを覚えていると言うことは僕の記憶は間違っていないってことだ。
「お代官様にとりなしていただけたおかげで再試験を受けることができ、このように現場の指揮監督権をいただけました」
「それは謙遜だ。あの試験は実力のないものを
「はい、今は出向でルダー様の開拓事業を手伝っております」
あ。
じゃ、ルダーの言っていた飛び抜けて優秀な男ってこいつか。
これはルダーには悪いけど僕が引き抜かせてもらおう。
最初に目をつけたのは僕だしね。
…………。
今すぐ引き抜きたいけど、引き継ぎさせなきゃ開拓事業が混乱するか……。
仕方ない。
「コンドーだったか?」
「はい。コンドー・ノレマソです」
「では、またいずれ」
「あ、あなた様はいったい……」
と言う言葉を後ろに僕ら一行は先を急ぐ。
オグマリーの三つの農業集落はほとんど変化はなかった。
オグマリーの代官を務めているルビレルはどうやら城塞都市だった旧オグマリー市の内城壁解体と関所を優先したらしい。
城壁解体で市街地は土地に余裕が生まれ、城壁跡地にいくつかの新しい建物が立っていた。
「これはお館様。奥方様もご健勝のようで」
出迎えたルビレルが案内してくれたのは、そんな新規建造物の一つだった。
ルビレル曰く新しい領主館だという。
「今のところ移り住む気はないぞ」
「最奥の村に引きこもっているおつもりですか?」
「いつまでも引きこもっているつもりはない。が、今はまだ予定にない」
「……左様でございますか。ご視察のご予定ですが、なにをお見せすればよろしいのでしょうか?」
この町で見たい場所はいくつかあるけど、まずは……。
「今日は休んで明日一番で砦の建設現場を視察しようと思う。明後日以降は町の施設を巡り、翌日から数日町の周囲の山野を巡りたい」
「山野を……ですか?」
「ああ、開拓の進んでいるハンジー町は周辺の地図も更新されていたが、ここはズラカルト領だった頃の地図のままだろう?」
「地形が大きく変わることはありませんが」
そうじゃないんだよなぁ。
この辺はやっぱり古い世代ってことなんだろうか?
「ルダーによって測量技術が更新されているのは知っているか?」
「あ、いえ。新しい技術などと言うものがあるのですか?」
「あるぞ。それに度量衡の統一をしただろう?」
「はい。スンブとシャッケンをお館様の
「測量自体は後で技官に任せるとして、ここは対ズラカルトの最前線だ。周辺の地形は戦術の観点からも知っていなければならないだろう」
「それならワシが存じ上げております。なにせここはワシの生まれ故郷ですからな」
「どこまで知っている?」
「周囲六カルくらいまでなら」
「十カルだ」
「は?」
「最低でも周囲十カルは欲しい。欲を言えば四十カルの情報が欲しい。」
「ずいぶんと広範囲ですな。そこまで森の奥へ入るとなると
「そのモンスターだが、種類や生息数はつかめていないよな」
「狩人の話では、よく見かけるのはトゥラウラとクチャマチュリまれにグラーズラを見かけると言うことでしたが、町から五カル半以内での遭遇事例は移動中のクチャマチュリくらい。繁殖期に集まる習性のあるクチャマチュリが過去に一度に五十個体以上確認されたことがあるので数百体はいるでしょう。トゥラウラ同士は二カル以内にはいないそうですからお館様の示した範囲内だと百までいないと思われます。グラーズラはどうでしょう?」
トゥラウラとクチャマチュリは植物系モンスター、グラーズラは動物系。
凶暴なグラーズラはともかく植物系の二種は成人男性なら戦って勝てない相手じゃない。
「そういったことも含め、周辺調査がしたいんだ」
「……かしこまりました。当日までに護衛の人選を済ませておきます」
「すまんな」
ルビレルは一礼をすると帰っていった。
……人間、なかなか判り合えないもんだな。
特にまったく違う環境で育っていると知識や思考のロジックが別物で理解できないことがある。
本当はじっくり話し合うべきなんだろうけど話し合ったからってギャップが埋まるとも限らないし、逆に意見対立で関係が修復できないほどになる危険もある。
幸い今、僕は領主という立場で決定権を持ち、ルビレルは騎士としての分別ができている。
(けど……)
(心配?)
(ああ、転生者の僕にしてみりゃ十世代以上はジェネレーションギャップがあるからさ。ルビレルにしてみれば、僕の考えていることが全然判らないんだろうなぁ……って)
(同世代だって判り合えないことは多いわ)
(……そうだね)