第171話 お館様のルーティーン

文字数 3,011文字

 冬に入ると僕のやることはほとんどなくなった。
 最奥の村と言われたバロ村は雪に閉ざされるので他の村や町への移動が難しくなるからだ。
 人力では宿場まで除雪するのに十日はかかるだろう。
 だいたい道半ばで次の雪が積もるに決まっているのでそんな徒労な労働をするものはいないし、させる気にもならない。
 ただ、ギランの乗合ホルス車は車輪をそりに変えて三日に一往復運行していた。
 商魂たくましいね。
 村人も土木工事の労役にかなりの人数が駆り出されているので村内は閑散としている。
 村に響くのは子供の遊ぶ声と機織り、鍛治の音くらいか。

 僕の一日は稽古から始まる。
 最初の素振り百本はジャリの打った両刃直剣の真剣で行うようになって軌道が安定してきた。
 ジャリの作刀もなかなかどうしていいものができるようになった。
 今は片刃直刀の作刀を依頼している。
 最終的には反りのある日本刀を作ってもらいたいなぁと思っているんだけど、残念ながら僕の前世記憶(ライブラリー)に日本刀作刀のHow toはない。
 その後槍に持ち替えてもう百回の素振り。
 戦場では剣より槍の方が有効なのは先の戦で実証済みなので今や武将クラスもいや、武将ほど熱心に槍稽古をしている。
 素振りの後は太い杭に藁を巻いたものをひたすら木剣で打つ稽古だ。
 それが終わると適当に相手をみつくろっての実戦稽古。
 村には五人の兵を常駐させている。
 彼らは村の治安維持と主に僕の護衛を任務としているため、日々の稽古は日課になっている。
 他にも「やっとう」を嗜む物好きは多いんで相手には事欠かない。
 ちなみに僕の領内では基本的に国民皆兵策を取っていて年貢免除の労働とは別に強制的に軍役が課される。
 領民はいわば半士半農だ。
 この冬からは商人たちにも出兵を義務づける制度にした。
 もっとも、金が出せるなら兵役を免除する仕組みがある。
 安くないけどね。
 戦費徴収策だよ。
 だからうちの領民はみんな結構強い。
 この村も今の村人くらい強ければ野盗に全滅させられるようなこともなかったろうに……。
 しかし、平時にまったくの丸腰ばかりというのも問題だ。
 ということで各町村に常備戦力が置かれていて、この村には先の戦争で功績を認められた五人の村人が兵農分離された上で二人一組四勤一休で職務についている。
 月給制で常に帯剣することが許されている彼らは村の子供たちの憧れの対象だ。
 もちろんたった四人で二十時間(この世界は一日を二十時間で区切っている)の治安維持任務は負担がかかりすぎる。
 かといって現状村の予算の都合もあるのでこれ以上人員は増やせない。
 てことで、この村では四人一組で不寝番をする自警団が組織されている。
 任務は物見櫓での見張りと一時間ごとに村を見回る巡回警備だ。
 この自警団は僕が村長になってからずっと続けられている村の仕事だからみんな表向きは文句も言わずやってくれている。
 野盗に襲われた記憶はまだ新しいだろうしね。
 常備兵はいざというときすぐに行動できるよう、門の横に建てられた兵舎で寝泊まりをしている。
 休日は自宅に戻ってもいいことになっているけど、独身男ばかりらしく実家に戻ることは少ないようだ。
 兵舎は領内巡回兵の宿舎としても利用されるのでそれなりの広さに建てられているし、汗を流すための風呂場も併設されている。
 残念ながら宿場と違っていつでも熱い風呂に入れるわけではなく、自分たちで湯船に水を張り、湯を沸かさなきゃいけないんだけどね。

 閑話休題。

 午前中は稽古で汗を流し、朝昼兼用の食事(ブランチ)を取る。
 午後は飛行手紙で送られてくる領主の仕事がない限りはまるっと自由時間だ。
 巡察と称して村を散歩したり読書をしたり、ときには子供たちと遊んだりすることが多いかな?
 十日に一、二回来訪者が来て応対することもあるけれど、まぁわりと気ままに過ごしてる。
 あまりにも暇だと弓を持って雑木林に狩りに出かけることもあるけど、僕の領地がこの村だけだったときに食料確保のためずいぶんと狩ってしまったせいで成果ははかばかしくない。
 だから現在この村では猟期と狩猟者の人数制限、獲物の捕獲数の制限が行われている。
 僕は領主特権で制限の埒外にいるけどね。
 それでもまだまだ資源回復には至っていないようで、デヤールとは滅多にお目にかかれないし、繁殖力が高いと言われるラバトでさえ見かけない日がある。
 肉のうまいボワールが少ないのは農業被害が減るので痛し痒しだ。
 それでも獲物が仕留められた時はサラがとても喜んでくれるのでとても気分がいい。
 今や三町三ヶ村を領有する領主の館としては少々小さいと言われるようになった僕の館だけど、住人は僕とサラの二人だけ。
 イゼルナ他二名が通いの使用人として日中いるだけだから手狭ってこともない。
 そうそう、イゼルナといえば妊娠が発覚したのでチローとめでたく夫婦になった。
 今そのチローはルダーに従って出稼ぎ中なのでチローの家ではなく引き続き実家から通っている。
 新婚生活は一週間もなかったかな?
 僕は引き続き新婚生活を満喫しているけどね。
 二人だけじゃなく今、領内は空前のベビーブームらしい。
 衛生医療環境が悪く避妊技術の確立していないこの世界では多産多死という状況が常態化しているわけだけど、クレタによる石鹸の積極的普及を中心とした衛生観念の啓蒙と魔法外の医療技術改善、治安の向上に生活の安定など安心して産める環境が整ったことで妊娠出産が相次いでいるらしい。
 この冬だけで領内の人口が五パーセント増えそうだなんて推計まである。
 変わったことといえば、冬の間農作業から解放された子供たちは午後も学習するようになった。
 五歳以上の子供に学習機会を与えることは大人の義務にしてある。
 だから五歳から成人年齢の十五歳までの子供たちは朝食が終わると授業を受けに先生のところへ通う。
 文字数は多いけど、この国で使われているのは表音文字なので一年もあればほとんどの子が一通り読み書きができるようになるので、六歳からは生活科(理科社会)の教育も始まる。
 子供の人数も結構な数にのぼるので、一ヶ所に集まるのは難しい。
 夏場なら青空教室で問題ないけど、冬、特に雪に閉ざされるこの辺では凍え死んじゃう。
 なので読み書きの先生、そろばんの先生など、教科によって異なる場所に通うスタイルをとっている。
 十歳以上はさらに軍事調練の授業がある。
 十歳未満の運動授業と違って結構厳しい訓練だ。
 運動授業はキャラが、軍事調練はドブルが担当している。
 キャラは運動神経のよさそうな子をピックアップして諜報人員の育成を企んでいるようだ。
 この間二、三人呼び止めて特別授業に誘っているのを見た。
 どうもオギンからの指示によるもののようで、話を聞くと諜報活動を抑制してゼニナル町でホタルが、ハンジー町でキキョウが、オグマリー町ではコチョウが同様にスカウト活動をしているという。
 キャラはボット村セザン村でも授業を受け持っているっていうけど、この雪の中、村を往復しているのか?
 それはそれですげーな。
 運動授業は体育の授業と違って鬼ごっことか雪合戦、チャンバラごっこみたいな遊び中心だ。
 ただ、よく観察しているとそれぞれの活動が戦場で生き残る訓練だとか指示に従う訓練、戦闘訓練のようで軍事調練へのステップになっているように見えるから不思議だ。
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