第71話 いざ、スラム街
文字数 1,908文字
じゃあ、覚悟を決めて、入るよ? スラム街だ。
うっ、一歩入ったとたん、すごい匂いがする。なんていうか、ドブとか、汚物とか、いろいろまざった、すえたような匂い。
さっきまで、やる気にあふれてた蘭さんだけど、みるみる意気消沈した。
「すいません。こういう不潔っぽいところって、僕……」
「ああ、いいよ。ロランは馬車に入ってて」
「はい」
というわけで、外のメンバーは僕、ぽよちゃん、バラン、蘭さんに化けたモリーだ。モリーはちょうど、レベルあげもしときたかったしね。
森スライムなので、蘭さんに化けると言っても、そっくり人間になるわけじゃない。ほんのりメロンソーダ色のクリスタルみたいな蘭さんの形だ。ガラスの蘭さん。
「うーん。街全体が迷路だなぁ。子どもたちはどこにいるんだろう?」
「かーくん。街の中心あたりにダンジョンの気配がします。たぶん、そのなかじゃないかな」
馬車から顔を出して、蘭さんが言う。と言うことは、集落じたいはダンジョンじゃないんだ。それは助かった。情報収集できる。
周囲を見まわして、街人を探す。だけど、なんだ、ここ? まともに話せそうな人がいない。そもそもテントや小屋のなかは、ほぼ無人だ。もしかしたら盗賊として街の外へ仕事に出かけてるのかも。
たまに見かける人は寝こんでで、話をする余力なんてなさそう。アジが話してた奇病なんだろう。
「……ヒドイ。これじゃ、みんな、家族のために必死になるよね」
正直、このまま一人で放置しておくのが心配なレベルだ。ことによると、家族が出かけてるあいだに亡くなったり……。
僕らが苦い思いをかみしめていると、馬車のなかから、ホムラ先生が出てきた。
「ふむ。ちょっと診せてみなさい」
テントのなかでふせってる女の人に近よると、まぶたをこじあけたり、どこからか聴診器を出して胸にあてたりする。この人、ポケットが四次元バッグになってるみたいで、けっこうなんでも出てくるんだよね。
「ふうん。これは妙だな。ある種の神経系の薬剤を誤用すると、循環器や呼吸器の働きがいちじるしく低下する。たとえば、咳止めの原液だとかね。一般に手に入るものじゃないが。どうもその状態のようだ」
「えッ? それって、ほんとの病気じゃないってことですか?」
「うむ。薬物中毒だ」
そうか。そう言うことか。
急に流行りだしたっていう病は作られたものだったんだ。たぶん、街の人みんなが口にするものに危険な薬剤がふくまれてるとか、または毒ガスのようにいつも噴霧されてるとか。
「あっ、でも毒ガスなら僕らも苦しくなってるか」
「うむ。毒ガスではない。あたりの空気は正常だ。やや匂うが」
「じゃあ、やっぱり水かなぁ? 街の大勢が日常的に飲み食いするもののなかに、その薬が仕込まれてるってことですよね?」
「そうなるな」
蘭さんが心配そうにささやく。
「その人、ほっといたら危ないんじゃないですか?」
すると、先生が答えた。
「ちょっとだけ待ちなさい。君たちのところにはフェニックスがいたな」
「ふえ子ですか?」
あれ? もしかして、まだ一度もふえ子の出番なかったかな?
じつは、前作の途中でお母さんとはぐれたフェニックスの子ども、その名もふえ子が旅に同行している。ぽよちゃんと同じくらいのサイズのデッカイ七色のヒヨコだ。尾っぽも長い。ふえ子はNPCなんで、ふだんはいっしょに戦ってくれないんだよね。コビット族と同じあつかい。
「まあ、いますけど。ふえ子、おいで」
「ピ?」
ふえ子のお母さんは人間語を話してたんだけどなぁ。まだ赤ちゃんだから、さすがにムリか。スズランさんなら言葉がわかるのに。
「すまんが、羽を一枚くれたまえ」
「ピ……?」
「案ずるな。痛くない」
「ピ……」
先生はふえ子のお腹をもさもさして、ぬけてきた下羽を手にとった。ダウンかフェザーかと言えば、ダウンだね。モハモハした毛玉みたいなやつ。
「えーと、あとは君たち、ミネラルウォーターと、妖精の涙とフェニックスの灰を持ってないかね?」
「ありますよ」
フェニックスの灰はふえ子のお母さんから売りものにできるほど、たくさん貰ったんだもんね。
ミャーコポシェットがそれらを吐きだすと、ホムラ先生はポケットから手鍋を出した。なんでそんなもの持ち歩いてるんだろ?
そして、グツグツ煮立て、フェニックスの灰で練りかためる。あっというまに丸薬のできあがりだ。
「よし。これを飲みなさい」
女の人に一粒飲ませると、あら不思議。女の人はカッと目をあけてとびおきる。
「元気が満ちあふれる! こんなに体調がいいのは何ヶ月ぶりでしょうか!」
す、スゴイ。
さすがは宇宙の全知を知りつくした人。ちょっと見直した。