第72話 ダンジョンは枯れ井戸
文字数 1,565文字
「ありがとうございます! これでわたしも夫といっしょに働けます!」
いやいや、盗賊するんじゃないよね? まだ女盗賊って敵は出たことないけどさ。
「少し待ちなさい。今、我々がこの街に巣食う悪事をあばいてあげようから。さすれば、もう誰も盗賊などせんでよくなる。それより、君以外にもこの病で倒れている者が大勢いるのだろう?」
「はい」
「では、その人たちにこの丸薬を飲ませなさい。みんな元気になる」
丸薬は三百粒はあった。これで街の人全員に行き渡ればいいけど。
女の人といっしょに近辺の人たちに丸薬をくばって歩きながら、僕らは話を聞いた。
「貴族の子ども?」
「ミニゴーレム? ああ、この鉄の人形のこと?」
「そう言えば、昨夜遅くに街のなかが、いやにさわがしかったな」
「子どもの泣き声がずっとしてたわね」
「うちのテントの前をなんかが走りぬけていったよ」
「あそこじゃないかねぇ? ほら、井戸のよこ穴」
「ああ、あそこは前からときどきモンスターが出てきて困ってたんだよね」
いかにも怪しいじゃないか。
「じゃあ、僕らはそこへ行ってみます。残りの丸薬はみなさんで病気の人たちにくばってください。あと、この街の水は少しのあいだ飲まないでください。毒が混入してるかもしれないので」
出発しようとする僕らを一人の老人が呼びとめる。
「待ちなされ。これを持っていってくだされ」
さしだされたのは古びた
なんで、こんな小汚いものくれるんだろう?
いや、ダメだぞ。薫。
貧しい人が精一杯のお礼としてくれたんだ。ありがたく受けとっておこう。
「ありがとうございます」
「うむ。気をつけて行きなされ」
街の人たちに見送られて、僕らは街路を進む。
「かーくん。その柄杓、何に使うんですか?」
「わかんないけど、もしかしたら必要になるかもよ?」
「まさか」
なんて笑ってたんだけどね。
ゴミゴミした土の道を歩いていくと、やっと中心部に来た。
あった。井戸だ。なんかもう見るからに紫色の変なケムリが立ちのぼってるんだけど?
「あっ、怪しい! 怪しいよね?」
「怪しいですね。かーくん、みんな、気をつけてくださいね」
「うん」
井戸はけっこう大きい。
なかをのぞくと、水は見えなかった。枯れ井戸だ。底のほうに、かすかに泥水みたいなのが残ってるだけだ。しかもその色は緑がかったような青黒いような……完全にヘドロだね。
「うう……ここに入るのか。やだなぁ」
「しかたないですよ。ファイト。かーくん」
そりゃね。蘭さんは馬車のなかだから。
それほど深くはない。一メートル半くらいかな。井戸掃除のためだろうか? おりていくための鉄のくさびがあって、そこがハシゴがわりになる。なんなら、とびおりてもいい。
「じゃあ、思いきって、行きます」
そろそろとおりていく。
僕がおりると……どうなってるんだ? 馬車がついてくるんだけど? 直滑降。重力を無視してるよね。
「あっ、ここによこ穴がある」
たしかに街の人たちが言ってたとおりだ。井戸の底に、よこ向きに伸びていく洞穴がある。天然のもの……ではなさそうな?
それにしてもイヤな匂いするなぁ。街全体にただよってる異臭は、ここが原因だ。なんとなく薬品っぽいような、ツンと鼻につく感じ。
「あっ、こりゃいかん。薬剤が大量に流しこまれて、飽和した蒸気が空気に溶けこんどる。君たちも長くいると危ないぞ」と、ホムラ先生が忠告してくれた。
「パパっとすまさないといけませんね」
「うん。タイムリミットは一時間。どんなに長くても一時間半ってとこだな」
今から一時間以内にダンジョン制覇して、ボスがいたらそれも倒す。それで子どもたちを救うのか。
なかなか厳しいミッションだなぁ。