第170話 姫と勇者

文字数 1,639文字



「かーくん。助けにきてくれたんですね。ありがとう」

 って、蘭さん、ニコニコしてるんだけど。

 もちろん、蘭さん一人じゃない。蘭さんによく似た、でももっとこう愛くるしい感じの美少女がすわってる。
 髪は文金高島田。金襴緞子(きんらんどんす)の打ち掛け、真紅の振袖。か、可愛いなぁ。ベリービューティフル。

「あの? なんでここに、ロランが?」
「それが、ほら。僕、試合に女装して出たから、このお姫様が逃げだしたと間違われたらしくって。寝てるうちにさらわれて、起きたらここに」
「そうなんだ」

 僕は話しながら、チラチラ、お姫様をうかがうんだけど、なんか目つきが変だなぁ。怒ってるのかな?

「でも、ロランは旅人の帽子や旅人のドアノブ持ってるよね? なんでアイテム使って逃げだそうとしなかったの?」
「だって……」

 チロリと、蘭さんは自分にそっくりなお姫様をながめる。

「ヤダ! 絶対イヤ! タツロウさんが迎えにきてくれないと帰らない!」
「ほら、これだから」

 うーん! ワガママも可愛い!

「あの、僕たち、そのタツロウさんから頼まれたんです。自分がへたに動くと、お兄さんが罪人になってしまうから、僕たちに行ってほしい。穏便にすませたいんだって」

 すると、綺麗な黒い瞳がウルウルしてきて、セイラ姫は泣きだした。

「タツロウさん……ボクのこと、どうでもいいんだ?」

 ああッ! これは——これは可愛いーッ!

 僕はたっぷり十数秒、天をあおいだ。
 たしかに顔は蘭さんに似てる。でも、中身はぜんぜん違うぞ? 何この可愛い生き物? すねすね甘ったれ系悩殺王女。
 タツロウ、うらやましい。

「あ、あの。タツロウさんはすごく心配してましたよ。だから、帰りましょう」
「ほんとに心配なら来てくれるはずだよ」
「えーと……」

 僕は猛に助けを求めた。しかし、あれほど頼れる男、猛が首をふる。

「困ったなぁ。今日中につれ帰ってくれってお願いされたのに」
「タツロウさんに会いたい……」

 シクシク泣く姫様。
 可愛いからゆるすけど、これは困った。ここまで来て、どうしよう。

 そのとき、外から人の話し声が近づいてきた。

「……いえ、ですから、てっきりセイラさまだとばかり」
「そんなわけないだろう。で、どうしたのだ? その者は?」
「とりあえず、セイラさまのお部屋に」
「さっさと殺してしまえばよかったのだ。姫がここにいることを知られてしまったぞ」
「はっ。しかし……」

 んー? 誰か、こっちに来るな。

 猛がキランと目を光らせる。

「お姫様。悪いがワガママにつきあってられなくなった」
「…………」
「さあ、見つかる前に逃げるんだ」
「…………」

 スゴイ。徹底してる。
 猛と口をきこうとしない!
 言っとくけど、兄ちゃんは福士蒼汰ばりのイケメンなんだよ? 流行りの異世界チーレムも比じゃないほど、現実世界ではモテモテなんだ。

 その兄ちゃんを完無視とは!

 さらには猛が肩を抱こうとすると、ジタバタして抵抗する。ああ、可愛いなぁ、もう。なんかこう、なつかない子猫っぽい。

 そうこうしてるうちに、廊下から人が入ってくる。
 むこうは二人だ。一人はたぶん兵隊だろうな。よろい着てるし、モブキャラっぽい顔立ち。

 問題はもう一人だよね。着物がどう見ても高級なやつ。暴れん坊将軍が正装したときみたい。光沢のある白い羽織に紋付袴。

 えーと、誰だろう?
 タツロウのお兄さんは僕の小説のなかでは、(たもつ)さんだ。まじめな銀行員。顔はあんまりタツロウに似てない。

 けど、なんだろうな。
 この人はただ似てないってだけじゃなく、僕の思う保さんのイメージじゃない。それなりのイケメンなんだけど、イヤーな感じ。ずるがしこそうな目つきと言い、だらしない口元と言い、クズ感がそこはかとなく……。

「ああっ! 最上(もがみ)先生だ。最上のクズ!」
「な、何者だ? なにゆえ、母上の旧姓を知っておるのだ?」

 ああ……やっぱり。
 最上先生。タツロウたちのシリーズに出てくる、ゲス中のゲスだ。下の名前は燿太(ようた)
 タツロウのお兄さんって、まさかのコイツか。
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