第171話 あきらめないクズ
文字数 1,401文字
最上燿太。
コイツはさ。人の心の弱みにつけこんで大金をせびったり、だましとったり、持ち逃げしたり、言葉の刃で傷口に塩をぬりこんだりする。そして、その人をあやつろうとする。
どおりでお姫様を誘拐なんてこと平気でするんだ。ましてや、さっき、蘭さんのこと殺してしまえって言った。
「逃げようよ!」
「ああ。行こう——ほら、お姫様。あんただって恋人に会いたいんだろ? ほんとに置いてってもいいのか?」
「…………」
すると、あばれてたセイラ姫がピタリと静かになった。やっぱり帰りたいのは帰りたいらしい。
たぶん、さっそうと助けにきてくれる恋人の姿を想像してたんだろうな。タツロウじゃなかったからガッカリさせてしまったんだ。
「みんな、おれのまわりに。蘭は馬車に乗れ」
「蘭じゃないし、これ、猫車だけど、とりあえず乗ります」
僕らが逃亡するふんいきを感じとって、クズ将軍子息が叫んだ。
「待て! セイラ姫。待ってくれ。なぜ、私ではいけないんですか? なぜ弟なのですか? もう一度、考えなおしてください。あなたを愛しているのですよ!」
ボロボロ涙を流しながら訴えてくるんだけど、すでに僕らは、ダンジョン脱出魔法で転移が始まっていた。
ただ、あいつ、気になること言ってたんだよね。
「あなたがそのつもりなら、こっちにも考えがある。あなたをタツロウに渡すくらいなら……」
そして、つれの男に妙なことをつぶやいた。
「例の女をつれてこい」
「しかし、あの女は……」
「かまわん。私が雇うと申せ。必ず、姫を亡きものに……」
亡きもの? あの女?
不穏なことを言ってる。
だけど、そのときには転移が完了していた。屋敷の表門前だ。なかから人の足音が近づいてくる。
「急いで、街へ!」
旅人の帽子を使って、街まで飛ぼうとした瞬間。僕は塀の角からこっちを見ている女に気づいた。フードを深くかぶって顔を隠してるけど、あの服装。それにふんいき。
「あれっ? ゲンチョウ?」
「かーくん。急げ」
「う、うん」
猛に言われて、旅人の帽子をふる。
「旅人の帽子ー!」
アイテム名を叫ぶと、一瞬でヤマトの街へ帰る。
それにしても、さっきの女。絶対、ゲンチョウだった。牢屋から脱走したって聞いたけど、なんで、あんなところに。気になる。すごく気になるじゃないか。
とにかく、可愛いんだけど、セイラちゃんは僕らの誰ともいっさい口をきいてくれない。完全に借りてきた猫状態。ときどき涙ぐんでる。早く
「あっ、ロランは急いで武闘大会へ行って。夕方までは病欠あつかいで待ってくれるって。それをすぎたら棄権だよ。今なら、まだまにあうから」
「わかりました!」
会場の入口で僕らは蘭さんと別れた。そのまま、猫車は走る。王宮が見えると、セイラ姫は猫車をとびだした。
「あッ、まだ一人で行ったら危ないよ」
「…………」
ああ、困ったお姫様だなぁ。涙ぐんだ目で見られると、ほんと……。
だけど、ちょうど王宮の入口あたりで、ウロウロしているタツロウに出会った。
「セイラ!」
「タツロウさん!」
抱きあって再会を喜んでる。
「タツロウさん。ボク、怖かったよ」
「ごめんね。すぐに助けに行けなくて」
「タツロウさんを待ってたのに」
「うん。ごめん……」
あーあ。リア充め。
ていうか、リアルじゃないから、何充なんだ?
それにしても、あのゲスな兄。このまま、あきらめそうにないけどなぁ……。