第257話 さらわれたノームたち

文字数 2,013文字



 暗いおももちで、女の子になったナッツは語った。いや、もともと女の子だったんだよ? ただ、僕的に前は男の子だったからさ。

「じつは、このごろ、村の人たちが廃墟の魔物にさらわれてしまうんだよ。ノーム狩りって言って、ヤツらは廃墟で働かせるために、よくこのへんまでやってくるんだ」
「そんな……」

 だから、村がこんなに閑散としてるのか。親切な村長さんや、その家族たち……お店のおじさんやおばさんや、ウワサ話を聞かせてくれた人たち。それに、えーと、名前は忘れたけど、精霊石を加工してくれる天才がいたよね。

「おれ、みんなを助けに城へ行く! でも、母ちゃんやチビたちを置いてけないし、困ってたんだ」
「チビ?」
「村長さんちの小さい子どもたち」
「ああ。いっぱい子どもがいたよね」

 これは、ほっとけない。ノーム村の人たちはほんとにいい人たちだった。恩義にむくいないと。

「僕たちは明日の朝、廃墟に潜入する。そのために、ここに戻ってきたんだ。僕らが必ず、ゴドバを倒す。そして、廃墟に捕まってる人たちをみんな助ける。だから、ナッツはこの村で待っててほしい」
「ヤダよ! おれも行く!」

 むーん。どうしようかなぁ。
 戦力としては、あんまり期待できないけど、ナッツは三ヶ月もここで暮らしてたから、この周辺に土地勘がある。つれていけば、きっと案内役として活躍してくれるはずだ。

 でも、小さい子や魔法毒で寝たきりのナッツのお母さんをほっとくわけには……。

「ああー! そうだった! ナッツ。君のお母さんはどこ?」
「えっ? 家のなかだけど?」
「変わりはない?」
「ないよ。ずっと寝てる。でも、ちゃんと息もしてるし、生きてるんだなってことはわかる。話しかけると、たまに指や口元が動くことがあるんだ」

 経過は悪くない、と。

「じゃ、そこにつれてってよ」
「うん? こっちだけど」

 いよいよ、僕の『小説を書く』が役立つときだ。長かった。ステータスを変えたり、アイテムを改造するのとはわけが違う。ほんとの意味で世界を変えることができる。

 僕はナッツのお母さんが、どんな人だったかは知らない。けど、ナッツのことをとても愛していた。魔物にされて記憶を失っても、その愛を忘れることはなかった。とても素敵なお母さんだ。それだけはわかる。

 僕らはナッツのあとについて、村長さんの家に入った。
 ナッツのお母さんは屋根裏部屋のベッドによこたわっていた。となりにもう一つあるベッドが、ナッツのもののようだ。屋根裏だけど、森の匂いのする風と光が入りこむ、心地よい部屋だ。

 ナッツのお母さんは以前に別れたときのまま眠ってる。そのせいか、前と年齢も変わってない。体の時間が止まってるんだ。

 こうして見ると、ナッツに似てるね。パッと見は小柄なんだけど、モンスターになったときゴーレムだった。魂の形がモンスターの種類になるらしいから、けっこうファイターなお母さんだ。

 さあ、僕の力の見せどころ。
 だけど、どんなふうに奇跡を起こそうか? ファンタジーとは言え、リアリティーが欲しい。そういうとこは、こだわる。いきなり、『僕らが部屋に入っていくと、とつぜん、お母さんは目をさました』じゃ、いくらなんでもご都合主義。

 あっ、そうだ。いいこと思いついたぞ。ナッツやナッツのお母さんもコビット王の剣で刺されて、今はコビットになってるってことだ。ということは精霊だよね?

 たしか、バランが精霊王になったときにおぼえた技が……。

 精霊王の涙
 パーティー全員のMPを全回復した上、敵からの魔法吸収率50%の効果をつける。対象が精霊族の場合、悪い効果をすべて打ち消す。

 これこれ。これだよ。
 じゃあ、ちょこっと書いてみるかな。


 *

 そのとき、扉がひらき、屋根裏部屋にバランがやってきた。バランは身長二十センチくらいだから、今の僕らから見ると、かなり大きい。
 美しいなぁ。これぞ、精霊王。神獣。人型なのに獣ってどうかなと思うけど、そんな疑問、ふっとばすほどの神々しさだ。

「その精霊は悪しき魔法にかけられていますね。かわいそうに」

 バランが枕元に立ち、ナッツのお母さんの顔をのぞきこむ。ハラハラと透明な涙がこぼれおちた。薔薇の香りのするバランの涙が、ナッツのお母さんの頬をぬらす。

 そのときだ。涙のしずくが光り、ナッツのお母さんを包みこんだ。

 なんてことだ。
 ナッツのお母さんのまぶたがふるえたと思うと、次の瞬間、ゆっくりとひらいた。

「……ナッツ? ナッツなの?」
「母ちゃん!」

 精霊王の涙が魔法毒をとかしたのだ。抱きあうナッツとお母さんを見て、僕の目もちょっとうるんだことは、ナイショにしとこう。


 *

 これでどうだ!
 書けた。書けたぞ。小説を書けた!
 ということは——

 僕らの背後で扉がひらいた。バランが立ってる。

「不思議な力に呼ばれた気がしました。その精霊は悪しき魔法にかけられていますね。かわいそうに」

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