第136話 尾行者は?

文字数 1,473文字


「兄ちゃん。誰かつけてるよね?」
「ああ」
「僕らになんの用かな?」
「サインが欲しいなら、堂々と声かけてくるだろうな」
「だよね」

 いったい、誰だろう。
 試合中は猫車を宿に置いたままだ。なので、テクテク歩く僕らをつけるのはかんたんだろうな。

「かーくん。ぽよちゃんをダッコして走るんだ。アジもしっかりついてこい」
「えっ? うん」

 猛が急に走って細い脇道に入る。僕らは追った。何度か路地を折れまがると、かどっこのとこで息をひそめる。

 来た、来た。
 僕らをつけてたヤツだ。

「おまえ、なんで、おれたちをつけてくるんだ?」

 猛が腕をつかんだのは——

「す、すいません。話がしたくて」

 なんだ。トーマスだ。

「さっきは僕のこと邪険にしたくせにぃー」
「まわりの人に話を聞かれるわけにいかなかったので」

 猛が笑った。
「かーくん。空気読めよ。トーマス、困ってたろ」
「えっ? そうだった? だって、なつかしかったから」
「とにかく、こっちへ来てください。大事な話があるんです」

 まあ、トーマスだし、ついていっても問題ないだろう。
 信じていっしょに行くんだけど、だんだん怪しげなとこに向かってるなぁ。なんかこう、場末の感じ。安宿や薄汚れた酒場や柄の悪い男がウロついてたり……。

「トーマス、どこまで行くの? 話があるんなら、僕らの宿でいいよ」
「もうすぐつくから。こっちこっち」

 黒板塀が両側に続く路地裏を通る。トーマスはその塀の片方にある裏口をひらいた。僕や猛をそのなかに押しこむ。

「ごめん。かーくん」
「へっ?」

 ガッチャンと外から何やら音が。

「あれ? 猛。戸があかないよ?」
「あかないな」
「トーマス、どうしちゃったんだろうね?」
「どうしたんだろな」

 アジの目が冷たい。
「兄ちゃんたち、とじこめられたんだよ」
「えッ? なんで?」
「ははは。そうじゃないかと思った」

 猛、なんで笑ってられるんだ?

「ええ? トーマスが僕をだましたの? そんなことするわけないよ。だって、僕、命の恩人だよ?」
「恩人だから、ちょくせつ対決したくないんだろ」
「えっ? どういうこと?」
「だから、おれたちが明日の試合出られなければ、相手が不戦勝で勝つ。おれたちは棄権だ」
「むう……」

 そうなのかな?
 ワレスさんの推薦を受けたってことは、僕らと同じくらい強いか、それ以上ってことだ。こんな卑怯な手を使う必要なんてないと思うんだけど。

「まあ、理由はいいよ。とにかくさ。ここから逃げだそうよ」
「おれはこの塀くらい飛びこえられるけど、おまえとアジはムリだろ?」

 塀の高さは二メートル。しかも板だから薄っぺらい。ひっかける足場もないし、よじのぼることはできそうにない。かと言って、破壊するには頑丈だ。

「変だねぇ。力660なのに、パンチで板貫通とかできないんだ?」
「力数値は戦闘中しか影響しないよ。戦闘かイベントだよな」

 うーん。今こそイベントだと思うんだけどな。
 しかたないんで、あたりを見まわす。どっかの庭だ。せまい裏庭。

 縁側がある。ということは、家もある。家のなかに入れば、そこから外に出られる。裏口があるってことは、玄関もあるはずだからね。

「こっちから行くしかないねぇ」

 僕は縁側にあがった。雨戸があいたままでよかったなぁ。ガラス戸には鍵はかかってない。ていうか、こういう戸には、もともと鍵はついてない。

 ガラッ——

 戸をあけると、ごくふつうの日本家屋……なんだけど。

「あっ、かーくん。いらっしゃい。待ってましたよ。あれ? そっちは、かーくんのお兄さん」

 ええーっ? なんで?
 コタツにあたって、蘭さんが笑ってる。
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