第79話 グレートなそいつ

文字数 1,744文字



 ドアをひらくと、電気の光に照らされていた。
 全体は十畳あるかないか。
 研究所のようだけど、なかは手狭(てぜま)だ。

 部屋のまんなかに、人間の身長ほどもある大きな大きなナベがあり、グツグツ、ブツブツと煮え立つ何かが紫色のケムリをあげていた。

 街にただよう悪臭が、むっと室内にたちこめてる。井戸のなかもヒドかったけど、ここではもうそれが耐えがたい。一瞬、クラぁっとめまいに襲われた。

「ブッヒヒヒ。そろそろ、これをまた井戸に流しこむ時間だわい」

 大ナベの前に白衣を着たモンスターが一匹、立っている。モンスターだってことは、うしろ姿を見ただけでわかった。頭の上に耳が生えてるし。その頭も獣っぽい。

 モンスターは大きなおたまでナベをかきまわしていた。
 コイツが街に毒を流してる張本人だったか!

「毒なんて流させないぞ! このモンスターめ!」

 モンスターの耳がピクリと動く。モンスターは僕らに背中をむけたまま告げる。

「誰がモンスターだ? 我こそは偉大なる医師。グレートマッドドクターポークだぞ! ブヒヒ」

 グレート、マッドドクター、ポーク……。
 きわめつけは、ブヒヒ。
 んんー? これはもしや? もしかする?

「大いなるグレートマッドドクターと呼ぶがいい! ポークは略してもかまわん」

 バン!——と勢いこんでふりむくその顔を見て、僕は確信した。

「グレート研究所長!」

 そいつはブタだ。いや、違った。オークだ。ブタにそっくりなモンスター。RPGでも定番なやつ。

 各地でさらってきた人間を材料にして、魔法でモンスターに変えてしまう悪らつなヤツ。豪のゴドバの直属の部下でもある。モンスター製造工場にいるはずなんだけど、なんでこんなとこに?

 すると、グレートマッドドクターは首をふった。

「誰がグレート研究所長だと? あなどるな。あれは我が愚兄だ。私のほうがはるかに優秀な研究者だよ。ブヒヒ」
「…………」

 やっぱり、ブヒヒって言った。グレート研究所長も自分でブヒブヒ言うくせに、ブタあつかいしたら、めちゃくちゃキレてきたんだよな。
 めんどくさいから、ふつうに戦おうかなぁ。

 僕がそう思ったときだ。
 急にケラケラと笑い声が。

「やだ。ブヒヒだって。ブタだから。ブタ」

 あっ、蘭さん。

「ロラン。あげ言うだないわね。ブタだけん、ブヒヒくらい言うわね」

 あっ、アンドーくんも。

「ハッハッハッ。あれはブタではない。オークだ。まあ、先祖は野生のブタだという説が有力だがね」

 ああっ、ホムラ先生まで。
 これってマズイんじゃ?

 チロリと見ると、ブタさんは真っ赤になっていた。激怒で顔から湯気が立ちそうだ。

「ぶ、ぶ、ブタだとぉー! このグレートで賢く、オーク一麗しい私がよりによって、ブタッ?」

 やっぱり気にしてるんだ。
 気にしつつ、ナルシスト。

 蘭さんは残酷にもお腹をかかえて笑いたおす。

「あははーっ。麗しいだって。ブタなのに。やだ。ブタの麗しいって、かわいそう!」

 笑いながら、(あわれ)みの目で、グレートマッドドクターをながめる。
 その目が「この僕の美しさにくらべたら、ただのブタじゃない」と語っている。

 いや、ブタだけどね。たしかにブタだけど。

「ダメー! 正直、ブタとオークの違いわからないとか。ミニブタなら可愛いのにとか。オークはブタのなかでもブタブタしてるとか。飛べないブタはなんとかかんとかとか。そんなこと言っちゃダメ! このブタ、すごく怒るからーッ!」

 あっ? なんだろう?
 みんなの目が痛い。

「……かーくん。僕たち、そこまで言いませんでしたよ?」
「そげだね。かーくんは言いすぎだない?」
「ハッハッハッ。いやはや」

 グレートマッドドクターは怒り狂った。

「ゆ、許せん。ここまで侮辱されたのは初めてだ。積年のオーク族の恨み、今ここで晴らしてくれようぞ!」

「ああ、ほら。ブタさんが怒りましたよ?」
「かーくんがブタブタ言うけん」
「ブタではない。オークだ。ブタに見えるかもしれんがな」

「ええーッ! 僕のせい? みんなだってブタブタ言ってるじゃん」

 グレートマッドドクターの堪忍袋はとっくに切れまくっていた。切れすぎてミジンコだ。

「えーい! きさまら全員同罪だわい! ブヒィーッ!」

 ほっ。そうだよね。
 僕だけのせいじゃない。
 ——って、戦闘か!
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