第219話 暗殺者スリーピング戦6

文字数 1,517文字



 ところが、その瞬間だ。
 とつぜん、馬車に入っていた猛がふたたび、とびだしてきた。
 なんで? 僕を見すてたくせにぃー。

「賭けてみる〜?」

 あっ? 猛の体がぼんやり光ってる。そのせいか、いつもと姿が違ってみえる。ノッポでイケメンな猛が、中肉中背の茶髪のおじさんに見えるんだけど?

「イーサ!」
「イーサなのかッ?」

 ダルトさんたちが驚愕(きょうがく)の声を発した。
 イーサ? 死んだっていう?
 えーと……ここが墓場だから?

 いや、それより、どうなんだ? 賭けてみるはどうなった?

 僕はダルトさんの数値を見た。
 やっぱり、そうだ。幸運がゼロになってる。やられた。スリーピングに奪われたんだ。
 てことは、僕ら、負けるのか? 負けるのかーッ!

 でも、そのときだ。
 うーんとうなって、倒れたのはスリーピングのほうだった。


 チャラララッチャチャ〜!
 スリーピングを倒した。経験値15000、5000円を手に入れた。スリーピングは宝箱を落とした。吸血の指輪を手に入れた。


「あれ? 勝った」
「ああ。おれが食ったスリーピングの幸運数値のなかに、イーサさんのぶんもあった。だから、なんだろうな。おれの——いや、イーサさんの賭けてみるのほうが、ダルトさんよりさきに作用したんだよ」

 猛はそう説明した。
 やっぱり、オバケに取り憑かれてたのか。でも、怖い感じじゃなかったね。人のよさそうなおじさんだった。とぼけた感じで、いつもジョークとか言ってそうな。

「イーサ! イーサなのか?」
「イーサ!」

 ダルトさんとキルミンさんがかけよってきたときには、いつもの猛に戻っていた。ほんの一瞬、ダルトさんたちの熱い思いと、猛のなかに入ったイーサさんの数値が反応しあったんだろう。

「その人はもう去ったよ。だけど、満足してた」

 猛がつぶやくと、ダルトさんとキルミンさんは、おたがいの肩をたたきながら涙ぐんだ。
 かたきは討ったけど、仲間は帰ってこない。嬉し涙と悔し涙が混在してるんだろうか? それとも故人の最期の意思を聞けて胸いっぱいなのか?

 そのとき、ふと、僕は思いだした。
 僕の小説を書く……そうだった。もしかしたら、今ならやれるかもしれない。

 試しに書いてみる。


 *

 イーサは気づけば、故郷の墓地に立っていた。なんだか頭がぼんやりする。なぜ、こんなところにいるのかわからない。
 いや、それどころか何年も眠っていた気分だ。

 むこうから花を持って歩いてくる人がいる。自分の記憶より少し老けているが、母のようだ。

「母さん?」
「な……おまえ、イーサ?」
「なんだよ? そんな死人でも見るような顔して?」
「だって、あんた……」

 母はふるえる指で近くの墓石を指さした。なんと、イーサの名前が刻まれている。

「いったい、これは?」
「奇跡だよ。奇跡が起きたんだよ。イーサ。よく生き返って——」

 そうだ。おれはあのとき、スリーピングに負けて殺された。でも、その魔物が死んだ。だから、悪い呪いが解けたのだ——と、イーサは思った。見れば、以前に奪われたはずの数値ももとに戻っている。

 涙をこぼす母の背に、そっと手をかける。
 まさに奇跡だ。こんなことが起こるなんて。

「……また、

と旅に出たいな」

 イーサは自分の墓を見ながら微笑した。


 *

 どうだ! 書けた。書けたってことは、これは『小説を書く』で改変できたってことだ。ぽよちゃんのときのように、今ごろ、イーサさんは故郷で蘇生してるはず。

「ダルトさん。キルミンさん。イーサさんの故郷に行ってみるといいですよ」
「そうだな。スリーピングを倒したことを、やつの墓前に報告しに行こう」

 いや、そうじゃないんだけどね。
 でも、いいか。
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