第60話 猛毒ガス噴射五秒前
文字数 1,674文字
「まもなく発出します。五秒前。四秒前——」
ああッ! もうまにあわない!
それに、三村くんも助けないと、コックピットのなかだって安全とは言えない。
もう、どうしたらいいんだ。
で、こんなときにかぎって、蘭さんがかけつけてくるんだよな。パカパカとひづめの音がしたと思うと、僕らの馬車がやってきた。
「ロラン! 来ちゃダメだ。猛毒ガスが噴射されてしまう!」
注意するものの、蘭さんは聞いてくれない。むしろ馬車の速度をあげる。
ああっ、このままじゃ、みんなやられちゃう!
「発出三秒前。二、一。猛毒ガス、放出します」
ダメだった。みんな死ぬんだ。猛毒ガスにやられて……。
ギガゴーレムの口から濃い紫色の煙があがり、またたくうちに周囲一帯に、もうもうとたちこめた。
ユージイ隊の人たちが叫んでる。
「これは……いけない。この範囲だと、まだ避難前の人たちが——」
「想定より広範囲だ!」
街の人たちが死んでしまう。
僕らも……。
それにしても濃い煙だなぁ。なんにも見えない。
というかさ、妙に甘い匂いするよね。猛毒ガスって、こんなものなの? VXガスとか無味無臭だって聞いたことあるんだけど。
「…………」
「…………」
「……ロラン?」
「はい?」
「猛毒ガスってさ。いつになったら効くのかな?」
「さあ。僕に聞かれても」
うーん。一分は経過?
もしかしたら二分か三分かも?
なんだか変だ。あきらかにガスの効きめが遅い。
「遅効性なのかな? 放射能なら、浴びてすぐに影響が出るわけじゃないし」
「でも、それじゃ殺りく兵器として役に立たないんじゃないですか? 三十年後に死なれても」
「そうだよね」
あまーいアロマのいい匂いがするだけで、いつまでたっても苦しくならない。ちょっと森林のマイナスイオンっぽいって言うか。清々しい気分になる。
すると、ホムラ先生が笑いだした。
「ハーハッハッ! 君たち、私を誰だと思っているのだね? 宇宙のすべての智を知りつくしたと言われる私だよ? ヤツが魔物だということはすぐに気づいた。だから、得意技に猛毒ガスと呼称をつけて入力したが、じっさいには人体に無害な香水の噴霧器をとりつけただけだ。ハーハッハッ」
「…………」
「…………」
だからニヤニヤしてたのか!
ウソつき。魔物から大金だけせしめてだますなんて、さすがは悪魔。極悪非道。
「じゃあ、僕らはアロマ発生装置におびえてたんですね?」
「ああ、そうだよ。私に感謝しなさい」
まあいいや。おかげで誰にも被害がなかったんだし。
「アーベル、アガーテ。大丈夫かい? カロリーネさん、今、助けます」
そのあと、僕らはカロリーネさんを瓦礫の下から救出した。カロリーネさんは打撲を受けてはいたが、重傷ではなかった。
「ありがとうございます。あなたがたには何度もお世話になってしまって……」
「それより、早く安全なところまで逃げてください」
三村くんはどうなったんだろうか?
やっと猛アロマガスが晴れて、ギガゴーレムのコックピットが見えた。
ギガゴーレムは今度こそ停止してる。アジがコックピットにのぼっていくところだ。
「アジ、気をつけて!」
「おれはこのくらい平気だよ」
「シャケはどう?」
コックピットのガラスの覆いがカパリとひらいた。三村くんがおりてくる。
「……すまん。けっきょく、止めることできひんかった」
「そんなのいいよ。シャケ、ケガはないの? 大丈夫?」
三村くんはうなだれた。
すると、蘭さんが言った。
「シャケ。事情は聞きました。そんな悩みがあったなら、僕たちに相談してくれたらよかったのに」
「…………」
「あなたがたはゴドバにだまされているんです。薬というのも怪しいものですよ。ゴドバを倒さないと何も解決しません。また僕たちと旅に出ませんか? そして、必ずゴドバを倒しましょう」
「…………」
三村くんは蘭さんや僕を見て、何か言いたそうにした。でも、首をふって立ちあがる。
「すまん。おれは行かなあかん。アユを助けに行くんや」
「兄ちゃん、待ってよ!」
ああっ、走っていってしまった。三村くん、帰ってきてくれればいいのに。