第166話 桜花恋歌 その25

文字数 827文字

「泉!」
 開成東の夏用セーラーを纏った泉加奈子はその声に反応した。
 読んでいた世界史の暗記ブックから顔を上げて声のした方へ振り向く。
 放課後、待ち合わせた場所はペンギンの銅像の立つ駅前広場だ。
 駅の入り口手前に制服姿の高森要(おれ)がいた。

「久しぶりだね。高森君」

本を閉じてこっちにやってきたが、俺は泉の顔を見ても笑顔を浮かべる事ができなかった。

「なんだか、随分、むずかしい顔をしてるね」
 (うなず)く俺の顏はこのうえなく沈んでいるらしい。

「らしくないなー。どうしちゃったの?」
「俺、角田先輩に嫌われたかも」
「どうしてそう思うの?」
「だって、あの、……先輩、お見舞いに来るなって」

 泉加奈子は眼をまるくした。
 そして、(しばらく)してからおかしそうにくすくすと笑い始めた。

「何がおかしい」
「だあってぇ、角田先輩の来るなって来てほしいって事だよ」
「……えっ。そうなの?」
「うん、そう」
「でも、執事の田森さんに」
「田森さんなんでしょ?角田先輩が直接言ってこなかったんだよね」
「……うっ、うん。そう」
「やっぱりね。先輩ってとんだツンデレなんだから本気にしちゃだめだよ」

さすが、付き合いが長いだけあって角田先輩の性格を熟知している。

「高森君、今日は部活休んだの?」
「いや、来週から実力テストだから、部活休みなんだ」
「そっか。こっちも同じよ、一週間後に実力テスト」

といいながら先ほどの暗記ブックを見せる。
開成東と南は、ほぼ同時に期末、実力などのテストが重なると言うが噂は本当らしい。

「泉は知ってるの。この度の経緯」
「うん、だいたいの事は先生からきいたよ。
 角田先輩が6日後に神隠しに会う予定ってことは」

予定って……そんないい方、どっかに旅行に行くわけじゃないんだから。
先輩の背中に書いてあった数字は日にちを表すものだった。
一日たった今日、数字は六に変化していた。
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