第34話

文字数 1,048文字

機が熟したと見たのか先生が「呪」を唱えた。

「天地開闢の理によりて、居並ぶ精霊に申し作る見えざるモノを現にしめせ、顕現」

部屋の中に角田夢見の姿が現れる。

「夢見ちゃん!」

「母様、もうやめて、護は貴女の人形じゃない。護に強制しないで、護の心を殺さないで」
「あなた、生きて」
「そんなわけないでしょ、忘れたの?この振袖、貴女が私の棺にかけたものよ。」

「……。」登紀子は焦点の合わない目をして夢見を見る。

「あの日棺は燃やされた。私は死んだのよ。母様」
「夢見ちゃん、死んだ?あの日?」
「そうよ、母様、現実を見て、私の代わりなんてどこにもいないのよ」
「死んだ?夢見ちゃん、うそよ……そんな」

溺愛した娘の死、それが受け入れらなかった。
その代償を面差しのよく似た弟に求めた。
要求はどんどんエスカレートした。
最後は性転換まで強要しようとした。

なんという母親だったのか、私は。

「いやああああああっーーーーーーー」

過ちを認めて床に突っ伏して登紀子は号泣した。

「夢見ちゃん、許して、私は」
「母様」
「……先生、許すという権利はないんですよね」

先輩は小さな声で先生に確認を求めた。

「作ればいいんじゃないのかな。全く角田君。君たち姉弟は反抗期まで優しいんですね」
「性分です。人間ってそんなに簡単にかわれません」

角田先輩は苦笑する。
事態はあっけなく終息した。

母親と和解した先輩、彼岸に帰った角田夢見。
あれほど言い争っていた泉も登紀子と和解し親しげに話をしている。
女ってのはわからない。今回表立って登紀子に意見しなかった菊留先生も
当たり障りのない話に終始しその場はお開きとなった。

二週間後先輩は病院を退院していった。

次の週の日曜、泉と一緒に角田家のバラ園に招待された。
ヨーロピアンガーデン風の庭は色とりどりのバラが咲き乱れ百花繚乱の様相を呈していた。
女中に案内されガーデンに設置されたテーブルと椅子に座って先輩が来るのを待った。

「!!!、やっだー先輩、似合いすぎ!」

やってきた先輩を見て泉が叫ぶ。先輩は霊山が描かれた山吹色の女物の訪問着を着ている。
折檻はなくなったが母と和解したあとも時々、姉の夢見の着物を着せられるんだとか。

「まぁ、このくらいの妥協はしょうがない」

そう言って先輩は笑った。

改心したとはいえ、人間ってそんなに簡単に変われない。
達観した風情の先輩の言葉がよくわかる、そんな午後のバラ園だった。
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