第164話 桜花恋歌 その23

文字数 1,017文字

三人組が目の前からいなくなると若様は声をかけてきた。

「きみ、大丈夫?何があった……」
若様は蝉の死骸(しがい)が広がる俺の周りの地面を見て惨状を理解したらしい。
言葉を飲み込んで地面にしゃがみ込んだ。

「ひどい。こんな……アイツらがやったの?」
俺は口元を手の甲で拭いながら頷いた。
血が滲んで鉄の味が口の中に広がってくる。

「俺止めたけど、アイツら聞いてくれなくて」
悔しかった。溢れてくる涙を止める事が出来ない。
立ち上がって振り返った若様。

「ぼっちゃん」
「田森、この子を手当てしてあげて」
若様は執事に言った。
「かしこまりました」
執事は俺を抱えて近くのベンチに座らせると持参したらしい救急キットではさみやら消毒液やら傷パットを取り出して傷の手当てをしてくれた。

若様はその間に地面にしゃがみ込んでハンカチを広げ蝉の亡骸を拾い集めている。
ハンカチが蝉の体液で汚れていても一向に気にならないらしい。

「蝉がかわいそう。地上では七日しか生きられないのに」

知ってる。そのたった七日の間に(つがい)をみつけて結婚し卵を産む。
知ってるからよけいにアイツらを止められなかった自分に腹が立つ。

「ごめんなさい。俺」
「君のせいじゃないよ」

執事が探してきた折れた樹の枝で穴を掘り蝉の亡骸を入れて土を盛った。
二人して手を合わせる。

「蝉って天国いけんのかな」
「きっといけるよ。君は優しいんだね。僕は角田護。君は?」

眩しい笑顔。

途端に周りが暗くなり憂いを含んだ先輩の顔。

『高森、覚えてないのか。蝉のお墓』

いやっ、覚えてる!っていうか。今、思い出しました。しっかりと。

先輩は俺に背を向けだんだんと遠ざかっていく。
『ちょっとー、待ってくださいよ。先輩、先輩、先輩!』

俺は力いっぱい絶叫していた。絶叫したまま夢から覚めた。
暗闇の中、ぱっちりと目が開いた。

コンコンと二度ノックの音がしてドアが開き、パチッと電気がついた。
部屋の入り口に立つ不機嫌そうな姉。

「かなめ!うるさいなー。今何時だと思ってんの。
 先輩。先輩って叫ばないでちょうだい。寝られないでしょ」

「えっ、俺、また先輩って叫んでた?」

「うん、さけんでた」
「ねーちゃん。ごめん」

隣の部屋で寝ていた姉は俺の叫び声に眼を覚まし文句を言いにきたらしい。
またしても午前3時。到底朝とは言えない時間だった。
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