第336話 アナザー 護の笑えない理由 その20

文字数 656文字

「ようこそ、高森 要様。 護さまは射場にいらっしゃいます。
 こちらへどうぞ。ご案内いたします」

「いとば?」
 聞き慣れない言葉に俺は思わず聞き返した。
「弓を射る場所でございます」
 執事は短く答えて。先に立って歩き出した。
 本宅から離れへとつながる回廊をわたって執事の後に続いた。
 向こうの世界では中庭になっているハズの場所に弓道場があった。

 その射場で弓に矢をつがえて的を睨んでいる角田先輩の姿が見える。
 濃淡の入った若草色の着物とモスグリーンの袴をつけて髪は首の後ろでくくり、射る時、邪魔なのか先輩は左の片袖を抜いていた。

 差し込む陽光の中、凛とした立ち振る舞いはとても綺麗だった。
 先輩の放った矢が風を切り、タンと小気味よい音をたてて的のど真ん中を貫いた。
 的には三本の矢が突き刺さっている。

 崎津市広しと言えど、邸宅に自分専用の弓道場を持っているのは先輩くらいなものだろう。
 彼が名門の子息であることは疑いようのない事実だった。

 案内してきた執事が一礼してその場を去ると先輩が声をかけてきた。
「おはよう、高森」
「おはようございます。角田先輩」
「綺麗ですね」
「え?」
「いや、その」

 見惚れてしまった。
 外気にさらされた白磁の肌。ピンと伸びた背筋。
 目のやり場に困って的の方に視線をそらした。
「少し、時間があると思って弓の練習をしていたんだ。高森もやってみる?」
 射られた矢は三本とも真ん中付近だった。
 腕のよさがわかる。
 俺には無理だと思った。
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