第330話 アナザー 護の笑えない理由 その14

文字数 918文字

 土曜の朝、某ホテル五階の一室。
「裕也、いい加減、起きろ。朝だぞ、裕也」

 ツインの窓際に設置してあるベッドの方で眠っていた葛城裕也は
 起き上がりうーんと伸びをすると小さなあくびをして、声の主を振り返った。

「おはよ。響」
「早く支度しろ。朝食、食いぱっぐれる」
 泊まっていたホテルは宿泊代の中に無料の朝食サービスがついている。
 食べに行かないと損だ。

「りょーかい」
 裕也は眠い目をこすり枕元にきちんと畳まれていた私服に着替える。
 長袖のテーシャツにジーンズを身に着けていると桜井響が言った。

「相変わらず見事な小麦色だな。日焼けサロンに行ったみたいだ」
「僕がそんなとこ行くわけないよ。これは」
「知ってる。本部が主催する夏の強化訓練だろ。アレに参加するとこうなるよな」
 過去に参加したことがあるだけに事情通だ。
「わかってるんなら、いちいち言わないでよ。僕だって好きで日焼けしてない」

 術のエキスパートなのに未成年な裕也は、
 同世代の少年と同じように体の鍛錬を課せられていた。

 裕也の身軽さはその鍛錬のおかげだともいえるが、
 本部にいる間、彼の体は青あざが絶えなかった。

 あざなんてましな方だ。山野を走り回り岩から岩へ飛び移る。
 場合によっては命を落としかねない危険な修練。

「あの訓練、やめるように進言してるけど、子供の僕の意見じゃ、通らなくてさ」
 いくら当主扱いされようと子供は子供。
 (ゆうや)の意見は本部のあり方を(くつがえ)す程の影響力はない。

「だろうね」
 響は過去に何人もケガを負って脱落していった仲間を脳裏に思い浮かべた。
 本部のやり方を正そうとするなら自分が一宮の幹部に上り詰めるしかない。
 高校時代に芽生えた本部への不信と怒りを隠して、裕也の目付け役を
 買って出たのにはそんな下心があったからだ。

 だが実際、裕也に接触してみれば生意気さはあるものの
 彼も同情すべきところがある一人の少年に過ぎなかった。

 (ゆうや)を使って幹部に上り詰める事が果たして正しい事なのか。
 若い響にはわからない。むしろ、間違ったやり方の様に思えてくる。
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