第111話 先生のフィアンセ その35

文字数 740文字

その日の夜八時、『アルマーレ』の入り口で中に入る事をためらっていた菊留義之は後ろからいきなり腕を掴まれた。

「捕まえたぁ。ゆき、逢えてうれしい!」
「……ひかりさん」

両腕で抱えるようにして義之の右腕を抱きしめているひかりを眼鏡越しに見下ろして言葉をかける。

「私もです。電話ありがとうございました」
「何それ、他人行儀だなぁ」
「まだ、結婚してませんから」

きっと、結婚したってこの言葉遣いは変わらないと思う。
今日のひかりは妙に甘えん坊だ。
普段はこんな風にじゃれて来ることはない。
さりげなく、左手の薬指を確認すると婚約指輪がはまっているのが見えた。

「中、入ろう、ゆき、ボックス取っちゃったから」
「はい。そうですね」

扉を押して一歩中に入ると二人のホステスが声をかけてきた。

「いらっしゃいませ。あらっ、ひかりちゃん」
「えっ、ひかりなの?驚いた。
 いつもは男物のスーツでご来店なのに今日はドレスでご来店なのね」

「うん、だって、同伴だもん。私のダーリンに手出したらただじゃ置かないよ」

軽口をたたいて、手慣れた様子で先に立って歩きだす。
ボックスは店の隅にある一番だ。二人並んで席に座った。

ひかりはウイスキーボトルとグラスを運んできた美咲に人払いを頼んで義之に向かい合った。

「さてと、ゆき、弁明を聞いてあげる。
 この間の二人の生徒とは一体どういう仲なの?」

「その前にひかりさん。私の前世の話を聞いて貰いたいんです。
 長い話になりますがいいですか」

「……うん、いいよ。聞いてあげる。面白い話が聞けるのかな。
 前世の話なら私もゆきに話さなきゃいけないことがあるからお互い様だね?」

ひかりはニッコリ微笑んで義之の顏を覗き込んだ。
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