第308話 アナザー 二人の高森 その116

文字数 652文字

 一ノ谷正人は落ち着いたのか。
「ところで義之、その竜穴でお前は何をしようとしてるんだ」
 と怖い顔で尋ねてきた。

「はあっ?、なんでそんな怖い顔になるんですか。別にやましいことはしませんよ」
 紅茶を飲み終わった菊留義之は机にカップを置き、この度の一件について詳細を語り始めた。

「一ノ谷君はパラレルワールドを信じますか?」
「……まぁ、私も異界渡りが出来るからな。信じない事はない」

「そうですか。実は私、そのアナザー世界から来た人間と関わってしまって」
「また、厄介な事を」
「彼はまだ高校生なんです。こちらには竜穴を通ってきた様です」
「ほう、で、その青年をどうするつもりなんだ」
「どうするって、彼は向こうの世界に帰りたがっています」
「なるほど、それで竜穴の力を使って、向こうに返そうと思ったわけか」

「そうなんですけどね……」
「ふむ」
「一つ問題が」
「なんだ」
「鬼守林の祠があちらの世界にはない様です」

「……向こうの世界にない?言ってる意味がわからないんだが」
「向こうでは、その土地が更地になっていると」

「罰当たりな!更地だと!樹々を抜いてあの土地を埋めたてたっていうのか」
「一ノ谷君、興奮しないで下さい。どういう経緯でそうなったのかわかりません」

 公人として正式に退魔師や陰陽師が活躍してるこちらの世界と違って、向こうでは陰陽師自体、たいして重宝がられないのかもしれなかった。

 事象の理に重きを置かず、竜穴すらも簡単に埋め立ててしまう価値観なのだろう。
 祟りや障りや穢れは、すべて科学的説明で納得するのかもしれない。
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