第3話

文字数 1,257文字

そんなこんなで学校に慣れ、入学してからほぼ一か月が経過したある日、現国を担当していた教師が突然変わった。なんの前触れもなく唐突に、それまで全く教科書もノートも使わない授業だったのに皆、当たり前のように本を開き、当たり前のようにノートを執って、当たり前のように手をあげ教師に質問している。

しかも、内容はどう考えても前回の授業の続き配られたプリントも教科書の開いたページも前の授業を知らないと理解できない内容だった。

俺は狼狽した。

……なんで菊留先生じゃないんだ。あの授業好きだったのに。
もしかして学校辞めさせられたのか?

先生だけがひたすら朗読するという変な授業だったから?
それにしたって変だ。なんでオレの知らない授業の続きなんだ。
誰だよ、あれ、なぜ、皆あの国語教師を知ってるんだ?

同級生には事の真偽を確かめるのが怖くて何も聞けなかった。

そしてクラブ活動に毎日誘ってくれていた角田先輩が、その日を境にぱったりと来なくなった。
俺はその理由をずいぶん後になって知ることになるのだが、この時は変だとは思わなかった。

 初夏の日差しが眩しい六月

忙しい時間帯はとっくに過ぎた午後のファミレス、客はまばらだった。
禁煙席の隅に陣取って本を読んでいた俺は懐かしい声が店内に響いたのを聞き
本から顔をあげた。

「じゃあ、禁煙席で、あそこがいいなぁ」

奥の席を指さしながらレストランの入り口で接客を受けている年若い長身の男性がいる。
ビジネスバックを持ち仕事がひと段落した後の休憩といった風情だ。
俺はつかつかと歩み寄り男性の背広の裾をつかんだ。

「?」

男性はおどろいて一歩後ろに下がった。

「どうしたんだい、君」
何か言おうとしたが言葉がでてこない。

『ヤバい…俺はこんなにもコミュ症だったっけ…』
自分の態度に驚きながらも、その場に立ち尽し沈黙してしまった。

「取り合えず座ろう、ここでは他のお客様に迷惑だ」
力なく頷く。

「君の席は?そこに移動しようか」
促されて移動し、さし向かいに座った。

「あっ……あの、菊留先生ですよね、俺、一年三組高森要です。覚えておいででしょう?」
「…先生?あの……それは一体どういう意味かな?」

相手は眼鏡の奥の瞳を不思議そうに瞬いた。

「先生は私立開成南校の教師でしょう?」
「……君、誰かと間違えてるんじゃないのかい?私は、教員免許なんか持ってないんだが」
「そんな……」

俺は絶句した。
「でも、でも、名前は、菊留義之さんでしょう」
「その通りだけどね……」

菊留氏は持っていたカバンから名刺を取り出し丁寧に机の上においた。
丸締銀行 融資課 菊留義之

「ごらんのとおり、私は社会に出てから融資課一筋で、学校で教えたこともない。」

もう完敗するしかなかった、
教職免許がなければ当然、教壇に立つことはできない。
だが、しかし、俺の記憶の中で彼は国語教師で俺は彼の授業を受講したことになっている。
一体、どうなってるんだ。

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