第136話 泉と先生との出会い その13

文字数 916文字

自然公園から駅へ向かう道にでて二人はまだ話をしている。

「私、泉加奈子っていいます」
「それは、さっき聞きましたよ」
「泉総合病院の一人娘です」
「泉総合病院?あの大きな?」
「はい」
 先生はその事実を聞いて呆れたような顔になった。

「あの、泉さん。『紺屋の白袴』ていう言葉知ってますか?」
「こんやのしろばかま?」
「紺屋っていうのは人の白い袴を紺色に染める職人さんの事です」
「あっ、わかった。普段紺色に染めて飽きたので、自分の袴は白くしたっていう意味」

「ちがいます。紺屋が、染める仕事に忙しく、自分は染めていない白色の袴をはいていることから、他人のことにばかり忙しく、自分自身のことに手をかける暇がないという意味です」

「君のお父さんは泉さんの事に手をかける暇がないようですね」
「……あっ、そうかぁ」
「泉さん、ちゃんと診察をうけて、貧血をなおしましょうね」
「でも、さっき、先生は餓鬼のせいだって」
「そればかりではないでしょう。あっ、ちょっとそこのスーパーに寄ってください」

大通りに面した場所にこじんまりとしたお洒落(しゃれ)なスーパーを見つけて先生は言った。
二人して中に入ると、先生は買い物かごを取り、大股で果物コーナーに向かった。
柑橘系をいくつか物色して(かご)に入れ、すぐレジに向かう。
清算して、泉のそばにやってくると果物の入った紙袋を泉に手渡した。

「それ、食べて下さい。貧血にいいですから」
「あっ、ありがとうございます」
「また近いうちにお会いしましょう。これ、私の連絡先です」
先生は名刺を渡した。
泉はもらった袋の中身が気になって紙袋の中を(のぞ)き込んだ。

「これって」
グレープフルーツ。ひどい。私嫌いなのに
「あの、私、グレープフルーツ嫌いなんですけど」
「自分の嫌いなものが躰に必要なものだったりしますよ」

眼鏡越しに注がれる(おだ)やかな眼差し。
おせっかいを絵にかいたような先生。

「先生って変な人」
「はい。よく言われます」

いつかまた、先生に会える。
先生と別れた後、泉の心に目標と希望が生れた。
絶対に開成南に行くんだ。受かって見せると。
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