第118話 先生のフィアンセ その40

文字数 1,192文字

昨日とは違って上機嫌な美咲がひかりの顔を覗き込んで言う。

「ホントに良かったわネ。義之さんと寄りが戻って」
「うん、うん、私もそう思うよ」

素直に応じてウーロン茶を口にした。
「それも、これも、私のおかげよ」
ひかりは美咲の言葉に不思議そうに問い返した。
「えっ、なんで」

「だって、ひかりが酔いつぶれた日。
 私が義之さんのほっぺたをつねって説教したのが効いたのよ」
「なにーっ、義之のほっぺたつねっただとーっ。あいつのほっぺたをつねってもいいのは俺だけだ」

横からいきなり脈絡なく藤堂が話に割って入った。

「何言ってるのよ。私はひかりの友達なんだから私にもほっぺたをつねる権利があります」
「うっせーな。中坊時代からのダチなんだから、俺の方が権利がある」

酔いが回っているからなのか、話があらぬ方向に転がるのを見て義之は慌てて口を出す。

「何言ってるんですか。そんな意味不明な権利!かってに作らないでくださいよ」

義之の言葉にふたりは顔を見合わせたが、同時に「ふん」と横を向いた。
なんなんだ。この二人、もしかして同族嫌悪?

一瞬、この二人つきあえばうまくいくと錯覚した自分をものすごく罵倒したい気分になった。
それは予感のような淡い期待に似た感覚だったのだか、目いっぱい勘違いしていたらしい。

まだ、なにやら口喧嘩している二人を無視して、ひかりに話しかける。

「ひかりさん、そろそろ帰りましょうか」
「うん、そだね。二人とも、話が合うみたいだし」

何をどう聞いたらそういう結論になるのかよく解らない。
だが、この際どうでもいい事だ。早々に清算を済ませ、ひかりを連れ出して店を出た。

「ゆき、仲直りしたいから、一緒にご飯食べよう?アレン君とこの間の男の子も一緒にね。
私が腕に寄りをかけてつくるから」

「ひかりさん、カレーに唐辛子を加えるのはやめてほしいんですが」

真剣な顔をして義之は言った。
結局、この間、ひかりが作ったカレーは食べられなくて捨てたのだ。

「うん、大丈夫、今度はスパゲッティにするから」
自信満々に言うひかりに一抹の不安を覚えながらも「じゃあ、今週の土曜のお昼でどうでしょう」と答えを返した。

「うん。そうだね。それでは、今日はここで。送らなくていいよ。ゆき」
「はい、じゃ。さようなら。気をつけてくださいね」

二、三歩遠ざかりかけて、引き返してきた。
義之のそばまで来ると「ちょい、ちょい」と手招きする。
顔を傾けるとひかりは義之の頬に軽くキスをした。

「………ひかりさん」
「だって、ゆき、奥手だから」
自分も奥手のくせに、ひかりはそう言ってニコッと笑った。
「じゃあね」とひかりが手を振りながら去っていく。

夜風は冷たいのに頬が熱い。
にわかに熱をもった頬っぺたをなでて、義之はしばらくその場に立ち尽くしていた。
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