第313話 アナザー 裕也の事情 その3

文字数 623文字

 ノックの音がした。
 扉を開けると桜井響が立っていた。
 シンプルな白シャツにジーンズをはき、サラリとライダーズジャケットを着こなしている。
 大人っぽい。否、彼は裕也より5つ年上の大学生だ。

「裕也、夜遊びが過ぎるぞ。目付としては君に忠告せざるをえない」
 響は日が沈んでも帰ってこない裕也を心配して探し回っていたらしい。

「ご苦労さんだよね。僕は勝手に動きたいんだ。目付なんて必要ない」
「裕也。食事は?」
「師匠の所でケーキを食べてきたよ」
「……師匠?」
 聞き捨てならない言葉に響は眉を吊り上げた。

「怖いなぁ。僕が誰かに弟子入りするのがそんなに変?」
 変だ。湖北一宮は絶対無二の存在。
 一門は陰陽の技にかけては他の追随を許さない特別な家系だ。
 その後継者ともなれば骨の髄までその技法を叩きこまれている。

 誰かの弟子になるなど論外。
「一体誰の弟子になったんだ」
 尋ねる響の声音がこわばっている。
「一ノ谷正人先生」
「……」

「よりによって邪道を貫くあの一ノ谷正人に!」
 彼はつとに有名だった。その筋においては。
 異端の退魔師。
 退魔に特化した退魔師の家系でありながら、正人が使う技はほぼオリジナル。
 正統派を貫く湖北一門とは対極にあるといってよい。

 その一門の当主たる葛城裕也がよりによって
 異端視されている一ノ谷正人に弟子入りしたと言うのだ。
 この不祥事にも等しい所業に響はうめき声を発した。
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