第149話 桜花恋歌 その8

文字数 978文字

「夢の中で俺と先輩は、二人っきりで森の中を歩いていたんです」
「それで?」
「角田先輩は奥へ奥へと先に行って。『どこにいくんですか?』って声をかけても答えてくれないんです」

途中で見失ってそれから……ああ、そう、先輩を探し回って。
「一本だけ桜の大木が立ってる場所に行きついて」
「……どんな桜でしたか?」
「幹が太くて、枝が垂れていて花を一杯咲かせて……そこに女が立っていた」
「女?どんな?」

「着物を着て、能面のようなきれいな人で………」

確かに女は綺麗(きれい)だった。
と同時に例えようのない畏怖の念を抱いた。

女を思い出して呼吸が荒くなってくる。
眼を見開いて思わず口元を手で覆った。
背筋に冷たい汗が噴き出て、カタカタと歯が鳴り手が震える。

女の前に、先輩が(ひざま)づいていて

「俺が近づいて声をかけたら女の顔が鬼女に変わって、先輩を抱きしめたまま目の前から消えてしまったんです」

あとには、鮮やかな桜の花びらが吹雪いてきて……。

「ふぅん。……そうですか。幹の太さはどれくらいですか?」
「二抱えくらいはあったと思います」
青ざめた顔の尋常ならざる俺の様子に先生は眉根をよせて、ため息をついた。

「角田君。トンデモナイモノに好かれたようですね」
「せんせい、これって妖怪の類?」

「……。」
先生はしばらく答えなかった。
眼を閉じて首を左右に振る。

「おそらく木霊(こだま)でしょう。角田君の能力は生き物との意思疎通。植物も例外ではありません」
「こだまって?」
「木の魂の事です」

「そう言えば角田は鉢植えの花にクラッシック聞かせて育ててるって言ってたな。きれいな花が咲くって」
「厄介ですね。その桜、おそらくは樹齢500年くらいはいってそうですね。
 そのくらい長生きしてるともう神様のようなものですから」

「でも、なんで高森が夢をみてるんだ?」
「たぶん宣戦布告。木霊が高森君に喧嘩(けんか)を売ってるんでしょう」
「えっ?、それってどういう意味ですか?」

「角田護を奪ってやるっていうお告げのような物」
あの夢の中の女ならやりかねない。そんな危険な感じがする。
「……先生、マジで笑えないんですけど」
「高森君、私も本気(マジ)で言ってますけどね」
菊留先生は厳しい顔で俺にそう宣言した。
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