第160話 桜花恋歌 その19

文字数 694文字

くすっと笑って先輩は言った。

「何ですか、ソレ、ばかばかしい」
「笑い事ですめばよかったのですけどね」

一向に笑みを浮かべない先生を見て、角田先輩は笑うのをやめた。

「君は一週間前に、別荘へ行ったと言いましたね」
「はい。言いました」

「その時、桜の下で何を呟いたのですか?」
「僕はただ」
 先輩の声が大きくなった。

「僕はただ、この度の舞台の着想えるために」
「君はこう言いました。この樹の下は落ち着く。色んな話をしてしまうと」

「……ええ、言いましたよ。台本を読んだり西行法師の和歌を口ずさんだり。部活や高森の事も」

「今まで、君は友達の話をこの桜の樹の下で、した事がなかったのでは?」
「……そうです。先生もご存知でしょう?一年前の僕がどんなだったか」

角田先輩は一年前姉を亡くして自暴自棄になり自傷行為を繰り返していた。

「角田君、私はその事を責めているのではありません。一年前、君は度々別荘に行っていたのではありませんか」

「はい。行っていました。誰にも頼れず、僕は桜の樹に心情を吐露して」
「でも、今年、君は明るくなりましたね。高森君と泉さんのおかげで」
「いいえ、先生のおかげです」

先輩はきっぱりと否定した。
「僕は先生に救われました。感謝しています」
「角田君、その事が言いたいのではありません」

「角田、お前さぁ、何ムキになってんの?
 理由を聞きたいと言ったのはお前だろ。静かに先生の説明をきけよ」
うんざりしたように佐藤先輩が口を挟んだ。

「……そうですね。すみません。ムキになってしまって」

先輩は謝罪の言葉を口にして目を閉じた。
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