第106話 先生のフィアンセ その30

文字数 1,064文字

肩が露になり、脇にスリットの入ったタイトな黒のロングドレスを身にまとった美咲はゆったりとした動作で栗毛に染めた髪をなびかせて義之の手をとり、ボックス席の方へと誘導した。

義之が長い足を組んでソファに座ると自分はその隣の席を陣取る。
そしてニコッとほほ笑むとほっぺたに手を伸ばしてきて思いきりつねった。

「よーしーゆーきさーん。貴方ねぇ」
「痛っ、いったったっ。なっ、なんですか。いっ、いきなり」
義之はつねられた頬っぺたを痛そうにさすった。
美咲はどっかで見たような性格だった。
もしかして藤堂と思考回路が同じなのか。

「一週間もひかりに連絡入れなかったんですって?」
微笑みながら言う美咲の視線が怖い。

忘れていたわけじゃない。
ただ、アレンの事で手いっぱいでそれにかまけていたら一週間たってしまった。
他意はなかった。

それに婚約指輪を突き返されて実際の所、どうしたらいいのか。迷っているのも事実だった。

「別にワザとじゃありません」
「あのねぇ。この一週間まいにち、毎日、ひかりに愚痴られて、」
美咲はそう言うと、寝入っているひかりの側に置いてあった携帯を取って来て、
「ちょっと、これ見て」と言って九月一日から毎日送られてきた送信履歴を義之に見せた。

『みーさーきー、どうしよう。ゆきと喧嘩して婚約指輪突き返しちゃった。(泣)』
『みーさーきー、今日一日電話こなかったー。』
『みーさーきー、メールもこないよー。(((( ;°Д°))))』
『みーさーきー、いやだ、気になって仕事が手につかない(:_;)』
『みーさーきー、私どうしたらいい?どうするべきだと思う?(ノ_-。)』
『みーさーきー、ゆき怒ってんのかな。・゜゜・(≧д≦)・゜゜・。』

。゜・(。ノД`)ヾ(-ω-*)オーヨチヨチ

美咲の返事はいつも一緒。
言葉を打つのも馬鹿らしいので全部、同じ顔文字ですませていた。
どうせ、のろけの延長線だと思って様子を見ていたら、ひかりは本日ガチで美咲の勤めるクラブまでやって来てマスター相手に愚痴をまき散らし、酔いつぶれて寝てしまった。

もうほっとけない。これは何とかしなくては。
いつまでもひかりの愚痴を聞かされ続ける羽目になる。

「いい?義之さん。私はひかりのお守りはもうゴメンなの。
 ちゃんと仲直りして下さいな」
美咲はそういうとパチンと携帯を閉じた。

「……はぁ、……すみません。」

義之はカウンターにうつ伏せたひかりの背中を見つめて小さなため息を落とす。
アレンの養子の件は義之にとって譲れない一線だ。
ひかりにそのことをどう話したらいいのか。
未だに踏ん切りがつかないでいた。
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