第142話 桜花恋歌

文字数 704文字

その日の夜、高森要(おれ)はモノクロの夢を見た。
その夢は実に奇妙でリアルだった。
自分の身につけている物には色があるのに風景には色がないのだ。
景色はすべて黒と白の濃淡だった。

夢の中で俺は森の中を歩いていた。
前を行く角田先輩。
その後ろをついていく俺。

先輩はときどき後ろを振り返り俺の顔を見て安心した様に微笑む。

そして再び踵を返して前を行く。
白い着流しに薄紅色のかつぎを頭の上にかざし草履をはいて。
俺はティーシャツにモスグリーンのジャケットはおり下はジーンズのラフな服装。
スニーカーの歩きやすい靴にも拘わらず先輩の歩く速さについてゆけない。

どんどん、どんどん森の奥へ奥へと進んでいく先輩。

見上げるような高い杉林を抜け先輩はさらに先へ進む。不安になって俺は尋ねる。

『先輩、待って下さい。どこへ行くんですか?』

端正な顔に微笑を刻んで立ち止まり、俺を振り返って森の奥を指さす。

そして突然、走り出した。
(なび)くかつぎがマントのように(ひるが)えって。
俺も慌てて後を追った。

でも追いつけない。途中で姿を見失い先輩を探してあたりを彷徨(さまよ)い歩いた。

道を外れた広場のような所で。
大きな枝垂(しだ)れ桜が枝一杯に花をつけて植わっているのが見えた。
周りの風景には色がないのにその桜の木は現実的な色合いを(よう)していた。

二抱えもあるその古木の前に薄紅(うすべに)色の着物を着た女が立っている。

その女の前に(ひざま)づいた角田先輩がいた。
先輩は熱に浮かされたような瞳で女を見上げている。
対する女の面差しも穏やかで美しかった。
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