第275話 アナザー 二人の高森 その83

文字数 752文字

 病室のベッドの上で俺はしくしく泣いていた。

 カッコ悪い。解ってる。わかってるけど。
 あーっ、ちくしょう、涙が止まんない。

 その様子を見ていた角田先輩はなんだかオロオロしているみたいで。

「あの、高森、ごめん、そのっ、意識戻って良かった。じゃ、僕もう帰るから」

 向こうの先輩とはぜんぜん違うセリフをはいて、あわてたように部屋から出て行った。
 その後ろ姿を見送って「ぷっ」と噴出した佐藤先輩は言った。

「お前、すごいな。あんな狼狽(うろた)えた角田はじめて見たぞ。
 お前ならアイツを笑わせられるかもな」

「……俺、ぜんぜん、笑ってくれそうもない気がします」

「アイツはほんとに非の打ち所がない。ルックスもいいし、成績はトップクラスだ。
 でも、全く人に懐かないんだ」

 そうです。俺の知ってる先輩と寸分違いません。人を寄せ付けないあの空気さえなければ。

「なぁ、なんで角田のほっぺたひっぱろうと思ったんだ?」
「あれは、俺のねーちゃんがやってたから」

 いつもだった。
 俺が不機嫌な顔して怒ってると、ねーちゃんが両手で俺のほっぺたをむにゅって引っ張って笑わせてたんだ。
 俺がいつも笑顔なのはねーちゃんの教育の成果かもしれない。

「なあ、アイツ笑わせるの。どうしたらいいと思う」
「さぁ、思いつきません」
「くすぐるのはどうかな。わきの下とか。足の裏とか」
「……殴られそうです」
「だよなー」

 先輩はポリポリと頭を掻いて言った。
「俺もそろそろいくわ。塾の時間が迫ってる。じゃな、高森」
「あっ、はい」
「しっかり寝とけよ。今、菊留先生がお前を向こうの世界に返す方法考えてる。
 向こうに帰るのも間近いとおもうぞ」
「ありがとうございます」

 最後の言葉が佐藤先輩に届いたかどうかわからない。
 部屋の外でだんだん遠ざかって小さくなっていく声に答えたから。
 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み